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2004年11月の記事一覧

2004年11月29日

5年。。。

ディー・エヌ・エーという会社がある。「ビッダーズ」というオークションサイトを運営する会社といえば、ご存知の方も多いだろう。今日、その「ビッダーズ」がサービスを開始してから5年が経ったとメールを頂いた。嬉しくて返事を書いた。


ちょうど西暦2000年。
20世紀最後の年。この年からビッダーズは本格始動した。正確には前年からスタートしていたが、諸々の事情があって、本格スタートは2000年からだと考えてもよい。

実体のないITバブルの頃だった。
ヤフーや楽天市場は別格として、今では有名なライブドアが、まだオン・ザ・エッジという企業であった頃。もう遠い昔のような話だが、わずか5年前のことだ。

私が家内と結婚した年でもある。
最近は、夫婦喧嘩も熾烈を極める。5年前には夢にも思わなかった。これも何も隠すことなく、お互いに向き合えるからだろう。

この5年。
私も成長したように思う。先輩に啓蒙され、友人に憧れ、将来を夢見て、歩んできた。いつの間にか、私もそれなりの年となった。実体のないままに、ただ思い描くだけだった夢の多くが、今では、私の行動で実現するような(その実現にむけて努力すべき)年となったように思う。

人の仕事も、人の人生も、ともに表裏一体とすれば、30歳になるまでの私は貪欲に求めた。焦るというわけではないが、実現したいと思うことには、最短の時間でたどり着くような手段を講じた。

しかし、30歳を過ぎ、特に今年、生まれてはじめての、人の力ではどうにもならない苦境を経験してから、物の見方、感じ方、捉え方が、変わったように思う。


一つの転機が、息子の真守の誕生であった。真守の存在が、私の覚悟を決めた。奄美にいながら、奄美で学び、奄美の農作物を、売り続けるという覚悟。人がどうであれ、私はそう覚悟を決めた。

そして、もう一つの転機が、今年生まれた息子の真英なのかもしれない。苦しみぬいた今年を通して最大の喜びを得た。


名誉が欲しい事もある。しかし、望みはしない。
家族が暮らしていけて、私が学び続けられるだけの稼ぎがあれば、それ以上は望まない。
時に殺意すら感じるほど夫婦喧嘩をするものの、それはお互いを、より知るための儀式のように感じる。絵に描いた、おしとやかな結婚生活は、私の性に合わない。
お酒は人を知るために交わすもの。

つつましい生活であることを望む。

まだまだ奄美の果物は前途多難だ。@やっちやば一つをとっても、私も含め、人材も、商材も、豊富であるとは言いがたい。だからこそ、できる範囲で、私も、@やっちやばも、地道ではあっても確実に成長しよう。

いつの日か、望む姿になるために。

この5年。
アメリカは自信を失い、世界の混乱は収まることなく、この国も道を見出せずにいる。自然災害は、富める人にも、そうでない人にも、重い足かせを与えた。

だからこそ、ワクワクすること。ドキドキすること。そういった事を提供できる商売をしたい。期待は痛いほど分かっている。僕も望んでいる。変えたい。僕も、奄美も。

分かっている。
この先の5年が、正念場である事を。


2004年11月14日

昨日のお話し合いで

実に興奮しました。

昨日のお話し合いで、また、エネルギーを頂きました。ついつい「ビール、もう一本」なんて、飲みすぎました(^○^)

計画が固まったら、詳しくお話しますね。

2004年11月13日

燃える、島おこし!

 机上の空論かもしれませんが。。。

 私が考えている奄美の果樹の団地化は(計画ではありませんので、大雑把な数字です)このようなものです。

 それぞれの果樹の栽培に適した条件(高地・平地、太平洋側・東シナ海側など)の地域の団地化を推進するとします。

 奄美完熟たんかんで(標高250m以上の地域で)30ヘクタールの栽培面積を持つ柑橘団地が形成されたとします。そうすると、年回りにもよりますが、10年後には、この柑橘団地で生産量480トン。生産高1億5千万円。販売高は3億円となります。

 生産にあたる農家戸数は、労働力の問題もありますので、おおむね20〜30戸前後。1ヘクタールにつき、年間500万円の農業粗収入を得ることになります。

(名瀬市の農家さんの平均耕作面積は0.4ヘクタール。果樹農業でも農地集積を求める国の方針では、目標は経営面積は2ヘクタールほど)

 農業経営を考えると、1品種だけの栽培では(年に一度の収穫時期となりますので)苦しいですから、他の果樹の栽培にもあたることになります。確実に行いたいのは、たんかん栽培と同時に、薩州ポンカンなどの収穫時期が(12月)早い柑橘を0.2ヘクタールほど栽培すること。

 奄美大島の東シナ海側の平地であれば、奄美すももは試してみる価値があり、たんかん栽培と平行して(奄美すももは、たんかんの労働時期と重ならない、収穫時期を迎えますから)手入れの届く管理ができる0.2ヘクタールほどの栽培を行います。

 机上の空論ですが、奄美完熟たんかんの柑橘団地を形成することで、約5億円の販売高を持つ農業を基盤とした産業が出現します。奄美の、小さな自治体の年間の予算が40億円ほどですから、かなり魅力的ですよね。

 面積でいえば40ヘクタールほど。農地面積で言えば決して大きいものではありません。私は果物の視点で考えていますが、その他にも、農作物加工品(お菓子や健康補助食品)などで、利用できるものがあれば、活用してもいいじゃあないですか(^○^)

 ※たとえば、現在、南西諸島からサツマイモの持ち出しは禁止されています。これも奄美で加工品を作れれば、クリアーできますよね。

 高齢化のすすむ奄美の集落が、農業で元気が出てきたら(若い人が暮らすようになれば)集落単位で、さまざまな活動ができるでしょう。たとえば、集落単位で、(社会になじめない子の)フリースクールのような受け入れ態勢ができるかもしれません。

 時に、農作業に汗を流し、海で魚を釣る。素朴な島の人々との交流を重ねることで、子供達(だけでなく大人)も癒されるでしょう。ツアー旅行ではつかみにくい、奄美の魅力を得るには人と人の交流が重要なように思います。

 つらつらと書きました。

 それでは、これから、地域おこしに全力投球をしている方と、お酒を交えながら、お話をしてきますね(^○^)

 

2004年11月04日

やっちやばブログ開始。

 個人的な理由として、いわゆるWEBの掲示板・ゲストブックの類は利用したくない。というのは、私の性格上、そういったものになにがしかのリアクションがついたら、返事をしないと気が済まないからだ。暇な時期なら構わないが、忙しくなると、メールでさえままならない状態だから、できることを確実にこなしていくとなると、掲示板のたぐいは、さけたいものだ。

 今回、はじめてブログを使ってみた。システム的にシンプルで、多少の日本語化が必要だったけれども、このシステムは、使いやすい。なにより、画像の表示の設定が楽なのが良い。テスト環境での、このシステムのインストールに10分。日本語化の設定で20分で稼動した。軽さも心地よい。

 ブログ(Weblog)は、WEB + LOG のとおり、インターネットを利用してメモ書きとか、備忘録とかに使える。。。という事は、これからはじめる農業の記録としても使えるし、PC関係の資料としても使える。画像操作も楽なので、写真や図解を多用しても、手間取らない。

 以前、ある機関に提出した、私の考える「奄美の農業 + 奄美のIT」の一部分をかなえるに適している。リアルタイムという利点があるので、こと、奄美の農業に関しては、地元の新聞社以上に、すばやく情報を公開できる。

 やがて、このブログには執筆者として何人かの奄美の農家さんも名を加えることになるだろう。プロのライターも加わるかもしれないし、やっちやばファン・奄美ファンから参加する方もでるかもしれない。

 このブログを通して、実際の奄美の農業を、より、多くの方に知ってもらえるとすれば、これほど有難い事はない。気長に書いていく。そして、1年たてば、それだけのボリュームになる。いろいろな備忘録代わりにつけるものでもあるので、(自己責任で利用して頂いて)参考になれば幸いだ。

 さて、今日は日刊○ンダイさんからの取材を、だれにフルかな(^○^)