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2005年05月の記事一覧

2005年05月26日

奄美たんかんの樹とゴザ

 
すべての奄美たんかんにゴザを敷きました

 左の写真のように、移植したすべての奄美たんかんにゴザをしきました。手前の落ち葉を敷き詰めたものは、営農指導員の大海さんが手本でやってくれました。それ以外はゴザ敷きです。

 この作業中は、午前中は台風のような激しい風雨でしたが、お昼からは晴天となりました。

ゴザを敷き詰めたあとで、畑の周りの邪魔になる草などを薙ぎ、重機で掘り返した際の根や枝などを除去しました。

疲労でぼ〜っとしています。
ゴザ敷きが済んで、ぼーっとしているところを撮影されました(^○^)

農作業で出た枝などを燃やしています
晴天になりましたので、私と岡山さんで枝などを集め、野焼きです。

 翌日、営農指導員の志岐さんが畑を確認してくれて「いいだっか、できとるがな、やあ」(良い状態で、出来ているね)とおっしゃってくださいました。

 内心、「もしかしたら、ゴザ敷きのやり直しかも」なんて心配していましたので、ほっとしましたよ(^○^)

2005年05月23日

奄美たんかんの臨時乾燥対策、済みました

朝は霧が立ち込めていました

 5月22日(日曜)

 奄美地方は5月9日に梅雨入りしましたが、空梅雨で、ほとんど雨が降らない状況でした。移植したばかりの奄美たんかんには厳しい状況となってきましたので、保水対策・地熱緩和対策として、樹木の下にゴザを敷くことにしました。

 午前中は、台風のような激しい風雨が続き、畑の中も、写真のように靄がかかっていました。生あたたかく、雨が降る環境でしたから(活動期に入った毒蛇ハブを考えると)一人で、畑に入ったときの恐怖感はピークに達していました。

 午前中はずぶ濡れになりながら、すべての樹にゴザを敷きました(うち、1本は営農指導員の方が敷き草の手本を見せてくれましたので、次回からは落ち葉などを利用した敷き草などを行いますね)

 午後からは、開いたばかりの畑からむき出しの根や、防風林の倒れた木などを除去し、焼却しましたので、ずいぶんと畑の見通しが良くなりました。

 
奄美たんかんの実

 右の写真は、奄美たんかんの実です。開花した後に、写真のように実をつけます。いまの大きさ3mmぐらいです。今年は移植後の強剪定をしていますので、1個の奄美たんかんに必要な80〜120枚(目安は1果につき100枚)の葉を確保できませんし、樹勢を回復させるためにも、すべての果実を落とします(全て摘果します)

 柑橘類は、常緑樹ですから品種が異なっても、1年中、葉がついています(リンゴなど落葉樹は寒くなると葉が落ちます)つまり、常緑の果樹はほとんど休眠期がないわけで、摘果、剪定・整枝を徹底しないと、樹勢は低下しますし、隔年結果もひどくなります。移植などの樹勢を大きく損なう作業をしたら、回復させるために全摘果などが必要です。

 この1年はのんびり休ませて、再来年から、実をつけさせますね。

2005年05月19日

移植した奄美たんかんを守るためにゴザを敷きました。

 
ゴザを敷いて、上から土をかぶせました。

 5月9日から梅雨入りした奄美地方ですが、今年は空梅雨の傾向で、なかなか雨が降りません。この降雨の少なさは、梅雨明け後の旱魃にも影響します。

 先日移植したタンカンが枯れてしまうことはないにしても、緊急対策として、写真のように木の周りにゴザを敷きました。移植をして樹勢が落ちているタンカンですから、すこしでも、保湿効果を高めて、守りたいのです。

 ちなみに、ゴザの上に土をかぶせていますが、これは風で飛ばされないためと、(ゴザと地面の隙間に)ハブが潜まないためです。ゴザの枚数が足りなくて、もう一度、この作業はしないといけませんが、手始めに、何本かだけでも手を打ててほっとしています。

 昨日から今朝にかけて、この畑の周囲でも雨は降りました(標高400mほどの畑なので、午前10時ごろまでは霧に包まれていました)が、地面を湿らす程度で、スコップで土を掘ると、乾燥気味でした。数日様子をみて、雨が少ないようなら、もう一度、斉藤さんにお願いして水遣りをしないといけないかな。


 今日は、この畑で初めて一人で作業しました。先日の奇妙な音や雨の降った後でしたから「ハブが出ませんように」と、目に見えない何かにお願いして、山に入りました。

ドキドキでした(^○^)

 ドラッカーは「Think globally , Act locally」といいましたが、私は「20本の木から、世界を見て」います。自然を畏れ(おそれ)ながら(怖いものは怖いのです)自然の恵みを心待ちにしています。農作業にも少しずつ慣れてきましたが、これからも畏敬の念を持ちながら、自然の中に溶け込んでいきたいものです。

2005年05月18日

空梅雨なので、移植したタンカンをゴザで守ります。

移植した直後の奄美たんかん
 5月11日〜14日の移植作業は、無事に終了しました。

 このあと、5月下旬〜6月上旬にかけて10日間ほど重機をいれて、来年以降にタンカンを育てる畑を整備し、平行して、移植したタンカンに堆肥を投入し、梅雨明け前に敷き藁を敷く予定でした。

 しかし、今年は空梅雨の傾向がはっきりとしてきましたので、急遽、明日、敷き藁の代わりに古畳の古茣蓙を利用して、保湿対策をします。

 ※本来は、敷き藁が最適ですが、敷き藁を投入する時間等を考えると、すぐにできる古ゴザで緊急対策を施すことにします。

 敷き藁の主な効果は、土壌の保湿効果を高め、雑草を防ぎ、最終的に敷き藁自体が土に還りますから(肥料効果は薄いものの)土作りにも役立ちます。ゴザも同じ効果を出しますので、旱魃時の緊急対策には、役に立ちます。ただし、ゴザの薄さですから、あくまで緊急対策です。

 いまのところ、5月13日(移植の翌日)に1本あたり100リットル程度の潅水を行いました。その後、5月14日・15日は地面を濡らす程度の降雨があり、16日にはあらためて1本あたり100リットルの潅水を行いました。

 ※移植した木によりますが、本来は1本あたり500リットルほどの潅水を行います。いまのところ、梅雨に入った事もあり、様子をみながらの潅水を行っています。

移植直後に、このように大幅に剪定をします。

 上の写真は移植直後のタンカンの木です。この後で、右の写真のように、おおよそ1/3ぐらいになるまで、枝を落としました。こうすることで、枝と根のバランスをとって、移植の失敗(枯れる)を防ぎます。
 
 今回は、主幹から2本の主枝を出す開心自然系の樹形にしました。できるだけ低い位置で栽培管理できるように、また、末永く収量を確保するための樹形です。

 ゴザは畳屋さんにお願いしてもらってきました(現在60枚。明日の夕方に別途20枚。違う畳屋さんからも40枚ほどもらえます)私が使う分は80枚ほどですから、まず、やっちやば農園でゴザをしいて、同時期に2名の農家さんが移植をしていますので、あと200枚ほど集めて、彼らの援護射撃をします(^○^)

 今後も園作りを行ううえで、移植は重要な作業になりますので、しっかりと学びますね。

 ※私が危機感を持っているのは、移植による樹勢低下なんですが(できるだけ早く回復させたいのです)これは、奄美地域のタンカンの病害虫診断と対策でも触れられている「(仮称)黄化・落葉症」とも関係しています。

 ※水間さんの奄美便りでも、空梅雨のこと

2005年05月16日

移植作業中のお昼時

A姉さんが冷やし素麺を作ってくれました
 この週末、雨が降らなければ、移植したタンカンの木に水をやろうと思っていましたが、幸い、土日にかけて、福元地方は雨が降りました。

 私も、タンカンの移植作業の疲れもだいぶん取れましたよ。慣れない作業をすると、疲れの取れ方が鈍いかな。二の腕はまだ筋肉痛が軽く残っていますが、全身の疲労は今日はすっかりとれた感じです。

 移植作業中、T兄さんやA姉さんが、慣れない私のことを気遣ってくれて、お昼に冷やし素麺を用意してくださいました。写真をご覧下さい。

 この畑は、町(名瀬市中心部)まで車で1時間半ほどかかる場所にありますから、普通は冷やし素麺など望めません。でも、暑さと湿気でヘトヘトでしたから、この山で食べた冷やし素麺は最高でした。


 今回、協力してくれた農家さんたちは総勢15名ほど。打ち上げのときも含めて、平均年齢45歳といったところでしょうか。30代は私も含めて3人でしたが、33歳の私が一番年下でした。

 みなさん、暖かいまなざしで、私を見守っています。私を「農家」として育てようという気持ちが伝わってきます。これから20年は、この農家の先輩たちが現役で頑張れます。しかし、30年後は、年齢的に難しいでしょう。

 地域の柑橘栽培の環境と技術。
 今が全てではありません。30年後も、50年後も、続いていかねばなりません。そのためには、次代をになう後継者が一人でも欲しいものです。

 柑橘栽培では、みんなが尊敬するOさんは「3日ぐらい、俺と農作業をしないか」と私を誘います。仕事の速さを教えてくれる意図ですが、いまはちょっと待ってくださいね(^○^)

 もうすこし、フルに動ける体力(筋力ではありません)がついたら、しごいてくださいね。それにしても、みなさん、口を酸っぱくして言いますが「最初から楽をするな」という事で、この3日間は、私は省力化とは無縁の作業を行いました。

 それでも、へこたれずについていく意志の力。
 厳しくも、暖かい試練でしたが、なんとか乗り越えることができました。

 次は、今月下旬ごろから、10日ほどかけて、重機を乗り入れます。これは来年にタンカンを植えるための畑です。しばらくは土作りになりますが、機会があれば秋に短期間で収穫できる野菜を試してみます。平行して、移植したタンカンに堆肥をたっぷりと施します。

2005年05月15日

畑に通じる道のヒカゲヘゴと奇妙な物音

畑の入り口のヒカゲヘゴ

 まだ畑の名前を決めていませんが「@やっちやば農園」とでもしましょうか(^○^)

 やっちやば農園の入り口には、高さ7mほどのヒカゲヘゴがあります。ヒカゲヘゴは原生林を思わせる、亜熱帯の島・奄美ならではの植物ですよね。

 ※ヒカゲヘゴはシダの仲間です。樹木ではなく「草」です。島バナナも草ですが、どんどん高くなり、まるで樹木のように見えますよね。

 やっちやば農園は、このヒカゲヘゴの下を通り抜けて、しばらく坂道を登った左手に、60mと80mの棚があり、そこに合計21本のタンカンを移植しました。坂道を登った右手には、大体3反ほどの山を迂回するような棚があります。

 タンカンを移植した2段の棚の上には、200mほどの農道を作り、その農道の先には2反ほどの円形の畑(まだ手つかず)があります。また、この200mの道路の上にも、2反ほどの畑があります。

 道路を隔てて(風が強い場所になりますので、当分は防風林作りだけですが)天地がえしをした畑が、2反・2反・1反ほどあります。

 以上をあわせると、約1町歩ほど(1ヘクタールほど)タンカンを植えることができるでしょう。本数にして200本ほどは植え付けできる計算です。


タンカンの異色中に奇妙な音がしました。
 不思議な経験をしましたので、書いておきますね。2日の移植作業中に(私とFさんが移植中で、T兄さんが、このように選定中の出来事です)ちょうど、このタンカンの木の向こうの竹林から、奇妙な音が何度も聞こえました。

 どんな音かと言うと、巨大な何かが地面を踏みつけるような音です。「グワシャ」「グァシャ」という音で、最初私は、イノシシが地面を踏みつけているのかなと思いましたが(写真では見えませんがイノシシを防ぐ鉄柵があるところです)それにしては巨大すぎる音でした。

 重機のエンジン音より、あきらかに大きな音で、そもそも、人が話をしていたり、重機が動いているところに、臆病なイノシシが寄り付くわけもありません。

 私たちを威嚇するかのような、その巨大な足音は(時間にして5分ほど)断続的に、聞こえてきました。音がするたびに、みな、その場所を見るのですが、FさんもT兄さんも私も、しらんぷりをして作業を続けました。

 かなり音がやかましくなったので(私は近くの飛び移れる木のそばに少しずつ逃げました)T兄さんが「鳥の鳴く声」のような奇声を発すると、しばらくして、その音はしなくなりました。

 その後、「ケンムンでぃや」と、T兄さんは真顔で教えてくれました。

奇妙な音がした竹林

 念のため、翌日、その物音がした竹林を重機で開いたのですが、写真のように竹が密生していますので、獣の類が通れるものではないのです。

 不思議な経験でした。

 あの音の正体は、通常考えると、イノシシなんですが、その場にいた3人は、みんな「ケンムン」だと思っています。


※ケンムンについて

 南西諸島に共通して伝わる、本州の河童のような姿の妖怪。奄美ならケンムン。沖縄ならキジムナ(キジムン)。奄美のケンムンはいろいろなバリエーションがあって、良い行いも、悪い行いもする(基本的には、人なつっこくて、いたずら好き)

 ケンムンの友達になると、裕福になれたりもする一方で、とんでもない災いを起こされる事もある。1年のうち、半分は山。半分は海で暮らす。時に人の運命(死ぬ日時)を決めることもある。

 もっとも多い言い伝えでは、ケンムンは相撲が好きで、人を見ると相撲を挑んでくる。勝っても負けても、次々とケンムンの仲間が現れて、ずっと相撲をとる羽目になる。また、東北の座敷わらしのように、ケンムンが寄り付く家(場所)は栄えるらしい。

 ケンムンは、一度受けた仕打ちは忘れずに、必ず仇を討つ。キジムンは人に化けることができるようだが、ケンムンは姿を変えることはないらしい。

 私のイメージでは神様と妖怪の中間ぐらいで、天狗に近い存在。ちなみに「モウロク」していた私の祖父は、時折、ケンムン軍団と戦うために、杖を手元に置いて「子や孫を守るために、この杖で戦う」と言っていた。祖父と過ごした最後のお正月に、ケンムン軍団の大将が済む山の沢の場所を、私に教えてくれたが、今は内緒にしておきます。

2005年05月14日

営農開始!第三日目 - 奄美たんかん栽培

奄美たんかんの花

 奄美タンカンの移植作業の3日目です。初日は荒れた畑を重機で使えるようにしました。2日目は奄美たんかんの移植(植え替え)と枝の剪定。そして、今日は移植の区切りとなる水遣りです。

 この作業が済めば、しばらくは奄美たんかんの状況をみながら(枯れずにきちんと根付いたら)草刈りが主な作業になります。なんとか今日を乗り越えたいと思って頑張りました(^○^)

 本来は、植え替え時にすぐに水やりをしますが、梅雨入りした事もあって、翌日行うことにしました。左の写真は移植した奄美たんかんに咲いている花です。樹勢を回復させるために、今年は奄美たんかんに実はつけさせませんが、来年は、この花が沢山咲きますよ。

 
タンカンの水遣り1

 移植した直後のタンカンは、重機で土をかぶせ、礫などをのぞきながら、人の力で、土を盛りました。でも、それだけでは不十分です。

 水をやりながら、タンカンの根にできた隙間を埋めていきます。このように水をやりながら、地面を押すと、ぼこぼこと穴が空いていきます。

 昨日あれだけ鍬をつかって土を盛ったのに。今日も鍬とスコップがお友達。私も疲労のピーク。頑張れ!


奄美たんかんの水遣り2
 水を充分にやって地面を踏むと、根と根の隙間がありますから、地面が陥没します。

奄美たんかんの水遣り2
 こんな具合に、地面をならしながら土を盛ります。


最初の畑の写真と比べてください。
 はじめて西牟田さんの畑を紹介した際に、植えていたミカンの老木の写真を掲載しました。開墾が進んでいますので、ちょうど、同じようなアングルで撮影した写真を掲載しますね。

 この数本の老木は、これからも西牟田さんが管理します。来週のはじめに、移植後のタンカンの状況を確認して、必要であれば、もう一度、水遣りをします。その後、堆肥をいれ、敷き藁などをして、保湿効果を高めます。

 一方、来年移植を行う場所は「天地返し」をして土作りを行います。ある程度、園の形ができたら、西牟田さんを招いて、この畑を見せますね。大喜びするだろうな(^○^)

 開墾前の畑はこちら → そして、約束の地

 今日でタンカン移植の一区切り。慣れない作業でしたから、たしかに疲れましたが、いまは責任を果たしたという気持ちのほうが強く、ほっとしています。この3日間で移植した、奄美たんかんの木が、無事に育ってくれればと願っています。

2005年05月12日

営農開始!第二日目 - 奄美たんかん栽培

奄美たんかんの運搬
 昨日で畑の形を作った私たちは、今日は待望の奄美たんかんの移植を行いました。

 昨日は畑の周辺では雨は降らなかったので助かりましたが、さすがに今日は降りました。この時期(梅雨時期)は、地面を掘るとブト(蚊の仲間で、さされると蚊よりずっと腫れる)が、次々と沸いてきます。雨のためか、アブも活動を始めました。

 私も何十箇所、ブトにさされたか分かりませんが、今日、応援してくださった方々も、相当にさされています。が、手を休めることなく、黙々と移植作業を行いました。

 タンカンの移植は、(昨日作った竹のポイントを目安に)重機で地面に穴をあけます(この際に、怒涛のようにブトが飛び出します)。その後、重機でタンカンの木を穴に移動させ、根を隠すように土をかぶせます。


 その後は、ひたすら人力勝負。

タンカンの移植
 タンカンの根にかぶさった土から、石や草、根などを取り除く。鍬を使って、根のほうから丁寧に地面をならしていきます。

 ある程度、タンカンの木が落ち着いたら、剪定を行います。移植は、丁寧に行っても、もともと植えてある場所から移動するわけで、タンカンの根は傷ついています。枝を落とすことで、樹勢を整える(根と葉のバランスを整える)のです。

 ※剪定終了後には、切り落とした枝の部分から病気(菌)が感染しないようにパッチレートで消毒しました。


 剪定中に落とした枝や葉は、すべて一箇所に集めて焼却します。いらぬ病気の温床にはしたくありませんし、この時期は、とくにハブが潜まないように、できるだけ、畑の見通しを良くしたいのです。

 ※本日、小さなハブを1匹とマムシを1匹退治しました。

 整地を行った昨日よりも、移植作業の今日が時間もかかりましたし、きつい作業でした。ですが、最後の移植が済んだときの開放感はなんともいえませんよ(^○^)

 みなさんにお話したいことは沢山ありますが、今日はここまで。明日は移植したタンカンが元気が出るように水をたっぷりと与えて、土を盛ります。明日が移植作業のひとまずの締めくくりです。夜は打ち上げで総勢15名の農家さんたちと乾杯してきますね。

2005年05月11日

営農開始!第一日目 - 奄美たんかん栽培

 
植栽前の畑


 足掛け1年半かかりましたが、私の(やっちやばの)営農が、本日(5月11日)から始まりました。

 以前、お伝えしたとおり、左の写真は西牟田のおばちゃんから託された畑です。西牟田さんはお父さん(ご主人)を亡くされてからも、なんとか畑を守ってきましたが、高齢でもあり、手がまわらず、写真のように荒れてしまいました。

 このまま畑が荒れていくのは忍びないということで、私たちに貸してくださることになりましたが、畑を管理する苦労をご存知ですから、借地契約を結ぶ際も、いろいろとご配慮頂きました。有難い限りです。

 まずは、奄美たんかんを移植するために、重機を入れて、畑を形作る事から始めました。

 
今日一日で、2つの棚を整備しました


 もともと畑でしたから、土壌は問題なく(石もほとんどなく)すでに植えられている、老木となったミカンの木を重機で掘り返し(15本ぐらいありました)明日の移植に備えて、畑を整備しました。

 このようになりました(^○^)

 面積にすれば一反ほどですが、1日でこれだけ変わるって、びっくりですよね。これも農家さんやJAの職員さんたちが応援してくださるからです。

 今日は下準備でしたから、私も含め、主に4人で作業にあたりました。明日は8人ほどで作業を行います。明後日は3人かな。無事、移植が済めば、次は梅雨が明けてから、(台風等の)風の流れを確認して、防風帯の補強を行います。

 
20年の老木


 最初の5時間ほどは、次々と、このようなミカンの老木を掘り出して、病害虫を防ぐために焼却するために、のこぎりで枝を切りました。全ての枝を適当な大きさに切り、根の土を払い落とすのに、大体1本の木で30分ほどかかりました。

 明日の移植のポイント作りのために、竹を20本ほど切り、5m間隔ずつに立てました。

 奄美は梅雨入りしていますが、この畑のある大和村福元地方は、今日は晴天でした。暑さと慣れない作業で、私の体力はみるみる消耗しました。最後の3時間は、意志の力だけで立っていました。まるでK−1みたいですね(^○^)

 今は疲労が心地よいです。

 明日も頑張ります!