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2005年05月の記事一覧

2005年05月31日

観光学部について

 今日の吉村先生のブログで、観光のことに触れられていましたので、トラバしますね。

 吉村作治 考古学者のひとりごと 「ようこそジャパンへ

私は前から日本は観光をおろそかにしすぎていると心配しているひとりです。エジプトには観光省という省があります。日本には国交省の観光部しかありません。なのに小泉首相は成田のビデオで「ようこそジャパンへ」なんて言っています。
(省略)
物つくり大国の時代は終わり、いよいよ第3次産業の時代です。知的財産と観光がその代表なんです。


 吉村先生の指摘にもあるように、観光を産業の面から研究する必要があるのではないでしょうか。観光に力を入れる地域であれば、喉から手が出るほど、この手に強い人材は欲しいでしょう。

 大学発ベンチャーも実現させやすい(経済効果も狙える)事業が出やすいのではないかな。観光資源として、自然が魅力だという地域は、雇用吸収力が弱く、人材を得たくても得られない地域が多いですから、地域にしても、大学にしても、学生にしても、それぞれに連携しやすいでしょう。

 ※観光学部について(Wikipedia)

 先日、須山先生とお話した際にも、研究対象としての「奄美の面白さ」や「奄美の観光資源」を強調されていました。

 須山先生:「観光のための(嫌味のない程度の)ドラマと仕掛けが欲しいね。」

 私:「であれば、奄美のグスク(豪族の城・屋敷跡)を再現して、琉球神話と融合させて、観光の拠点にならないでしょうか?」

 須山先生:「教会の多い五島列島では隠れキリシタンめぐりのようなツアーを開催しているので、歴史ロマンを感じさせる企画は面白いね。」


 奄美大島の観光資源として、もっとも魅力的なものは何か。
 私は、島外の方と「ともに楽しもう」とする島の人の気持ち(=地域性)のように思います。


 それにしても、西郷隆盛が奄美大島で暮らした家(蟄居跡)は、観光資源として考えると残念な限りです(^○^)

 ※ちなみに、グスクなどで暮らしていた豪族を按司(アジ)と呼びます。

2005年05月31日

使命のゆえに

 奄美大島の最北端の集落。
 集落の海沿いの、白い砂浜に面した家。その家に暮らす方に会いたくて、一度だけ、お尋ねした事がある。

 大きな台風が過ぎ去った翌日。
 いたるところで、まだ台風の傷跡がなまなましく、一方で、台風通過後の空は晴れ渡り、海は「記憶にないほど」青く、時折、日ごろの煩わしさを忘れそうなほど、強い風が吹いていた。

 白い砂浜に面した家の主も「2日間、停電だった」と優しく笑う。目を閉じると、ゆっくりと揺れる波の音と、唄うような彼女の言葉が、僕を包み込んだ。


 その後、縁あって、何度か、彼女とお会いする機会を得た。彼女を囲む人々の悲痛なまなざしにもまた、彼女は優しく唄うような言葉で応えていた。

 ふっと言い当てる。
 「あなたの左の腰の上のほうの痛みは。。。」

 その由来。対処。身の振り方。
 普段の暮らしの中では届かない願い。

 何気ない言葉の中に、思い当たる答えが見え隠れする。


 不思議な経験によって、今日から人生が変わるものではない。けれども、自分が変われば、何かが変わる。「命を使う」と書いて使命と読む。


 それぞれの使命。
 ムンウシエ(ムンユスィ)=教え伝えること。


 奄美に伝わる、ユタとしての使命を全うする彼女。優しい言葉で、今日も、明日も、唄うように語る。彼女を待ち望む人々は、いまも後を絶たない。



※ネットサーフィンをしていたら、奄美大島旅行記を見つけました。素敵なブログなので、ご紹介しますね(青空が降る夜明け

2005年05月30日

奄美すももの畑も整備しました

 
西牟田さんの奄美すもも畑も整備しました。

 先日まで山の畑(標高400m)を整備し、タンカンを移植しましたが、この週末は奄美すももの畑(平地)を整備しました。この畑は、西牟田さんはじめ、何人かの農家さんが奄美すももを栽培している一角にあります。

 広さは、1反ほど(約10アールほど)で、山の畑と同様、荒れていましたが、もともとスモモ畑でしたから、土日にユンボを入れて整備しました(オペレータは山の畑と同じく才原さん)

 この畑には、12月〜1月にかけて、20本ほどの奄美すももの苗を植えつけます(スモモの休眠期は11月〜1月ですから、たぶん、1月になるでしょう)

 ※写真にもあるように、奄美では、古くからのすもも畑には、ソテツが植えられています。畑の土砂の流出を防ぐために植えられます。ちなみにソテツはハブの住処になりますので、できれば、撤去したいものです。

5月30日の時点の奄美すもも
 今年の奄美すももは予断を許しません。ある農協関係者さんは「今年は10トンあるかどうか」と、ため息をつきました。予想では今年は30トンを下回る可能性が高いのですが、まだ、はっきりとした見込みが立ちません。

 ※ この写真の奄美スモモは、一部、着色が始まっています(果実が赤くなっています)が、100本ほどのスモモの樹の中で、もっとも色づきが良いものを写しています。ほとんどのスモモの樹が、まだ真っ青です。

 遅くとも6月3日頃までには、奄美すももの受付を始めたいのですが、う〜ん、厳しいシーズンになりそうです。

2005年05月30日

島ばななの畑

島バナナの畑
 晶納さんが試験的に栽培されている、島ばななの畑です。島バナナは樹木ではなくて、多年草ですから、台風などで強風が吹くと簡単に倒れます。

 ※奄美の野山の代表的な植物として、ヒカゲヘゴがありますが、ヒカゲヘゴも樹木ではなくて「草」です。

 晶納さんの畑では、防風対策として、このように島バナナが倒れないように支柱を立てて支えています。もともと、晶納さんのマンゴーハウスの周囲は、かなり強い防風対策をほどこしていますので、30mぐらいの風雨であれば、隣接する、この島ばななの畑も大丈夫ではないでしょうか。

 島ばなな栽培の問題は2つ。
 ひとつは夏場の台風(倒壊対策)。もうひとつは、黒星病などの病害虫対策です。いまは、糸状菌によって発生する黒星病などへの対策は、耕種的な防除で対処するしかありません。

 ※現在、島ばななは登録農薬の問題で、科学的防除ができません(使用できる農薬がありません)

 「いまできる範囲で」となると、写真のように、清耕栽培(雑草等を極力はやさない)。密植間隔を広めにとる(約4m間隔程度)。島ばななの枯れた葉などは園外に持ち出し、焼却する。適切な施肥を心がけるといった対策になります。

 いわゆる栽培管理で対処するしかありません。人間にたとえると、風邪がはやっているから、うがい・手洗いを行う措置で、やらないよりはやったほうが良いのですが、病害虫が蔓延した場合には、防ぐ手立てがありません。

 島ばななの経済栽培の歴史は浅く、奄美では栽培ノウハウも確立されているとは言いがたいです(よって、主に沖縄や小笠原諸島の栽培方法等を参考に、各自工夫している次第です。昨年から奄美地域の農政機関なども、島ばななの対策を行うようになってくださいましたが、まだまだこれからです)

 さきほど、枯れた葉などは焼却するとお伝えしましたが、島ばななの葉や幹は、水分をたっぷりと吸収していますので、燃やすもの大変です。農薬法の改正について「農家さんの自己責任」が強調されていますが、果たして、それで、この国の農業は進展するものでしょうか。

 栽培にあたる農家さんに、薬剤の専門的な知識を求めるのは、酷だと思います。そのために、農政機関等が存在するのではないでしょうか。

 ※使用法うんぬんとか、この病気には、この薬が良いとかいう知識は、農家サイドに求められるものです。しかし、マイナー作物ゆえに、登録農薬の壁があって、適切な対処ができない現実を考えれば、農政サイドで、救済する方法があるように思うのです。

 経済栽培を営まないのであれば、この島ばななも病害虫を真剣に考える必要はありません。が、数百本単位で栽培するとなると、不測の事態にも備えないと、栽培に取り組めるものではありません。

 晶納さんも、もっと島ばななの栽培本数を増やしたいのですが、今の状況では、試験的に栽培するのが正解です。

 その他にも、島バナナの天敵である害虫もいます。


 島ばななが希少であるのは、栽培できる環境(奄美大島なら太平洋側)が限られ、台風や病害虫の被害もあって、経済栽培をしにくいためですが(希少ゆえにお値段も張りますが)この美味しさは、一度は試して頂きたいです。

 ※今年の島ばななは、8月下旬〜10月中旬頃になります。

2005年05月29日

エキサイトビジネスブログに掲載されていますね

 エキサイトさんのビジネスブログに、All the Amami fans - やっちやば奄美ブログが掲載されていました

 嬉しいので、トラバしますね(^○^)

2005年05月28日

奄美完熟マンゴーの状況について

奄美完熟マンゴー(アップルマンゴー)

 特に、2月〜3月の低温(雪の降らない奄美地域で降雪がありました)のために、今年の南西諸島の完熟マンゴーもまた、苦しい年になりそうです。(南西諸島のマンゴーもご参考ください)

 先日から晶納さんの畑で、マンゴーの紐吊りが始まりました。昨年は紐を3万本用意しましたが、今年は着果が少なく、2万本ほどの紐吊りになりそうです。

 ※奄美マンゴーは、主に2月〜3月にかけて、ミツバチなどを利用して受粉させます。この時期の気温が低いと、寒さでミチバチの行動が鈍りますので、結果として、着果できなくなるのです。

 
奄美マンゴーの紐吊り

 この写真のように紐で吊り(いわゆる整枝です)1個1個の果実の日当たりを良くします。日当たりによって、マンゴーの色むらが出ますが(一般的に、マンゴーは色むらがあると、1個の果実のうちで「味が」相当に異なります)それを防ぐための作業です。

 この後で、日差しが強くなってきたら、日焼け防止のために、新聞紙などを利用して、マンゴーの帽子を作ります。「袋がけ」を行う方もいますが、どうも、奄美では袋がけは味がのりにくいようで、マンゴーの上部のみ、日焼け対策をしたほうが、美味しいものができるようです。

 晶納さんの奄美完熟マンゴーで、いまのところ、大きさは、子供の握りこぶしぐらいです。6月は肥大に努め、7月からはできるだけ潅水を控えて、品質アップを図ります。

 晶納さんの畑では、昨年より着果数は少ないものの、秋にパッションフルーツ農家の谷口さんなどの応援もあって、スリップス類をはじめとした病害虫対策は徹底していますので、最終的に「商品となる」マンゴーの収量は去年並みか、去年をやや上回るかもしれません。

 谷口さんたちと秋に大胆な剪定を行ったマンゴー畑(今年は収穫はしません)があることを考えると、来年からは随分と収量があがることでしょう。 

 7月下旬〜8月中旬頃にかけて、この奄美完熟マンゴーをお分けしますので、お楽しみに(^○^)


 キーツマンゴー
 ちなみに、晶納さんの畑には10本ほど、キーツマンゴーが植えられています。キーツマンゴーは収穫の時期が遅く、1個あたりの大きさ(アップルマンゴーよりずっと大きく1キロ近いものもあります)も安定しないのですが、美味しいですよ。

 (私はアップルマンゴーの「きゅ〜ん」と音が出るように追熟していく際の香りのほうが好きです)

2005年05月28日

奄美すももの受付について

 今年の奄美すももは、この週末から受付を行う予定でしたが、もう数日、お待ちください。奄美すももの着色が遅れていますので、もうすこし、様子をみたいのです。

 今年2〜3月にかけての低温で、樹木の活性(目覚め)が遅れたためか、まだほとんど着色が進んでいません(つまり、収穫ができないという事です)

 いつもの年なら、受付を行っても(見込みの収穫量が計算できますので)問題ない時期に入っていますが、今年は史上最悪の不作に見舞われる恐れがありますので、慎重にさせてくださいね。

 ※不作なのは間違いなく、どこまで収量が減るかを見極めたいのです。いまのところ、例年の1/10ほどではないかと予想しています。


 遅くとも6月3日頃には受付を行います。
 今後の天候によりますが、奄美すももの収穫のピークは6月10日〜15日頃になるでしょう。

 年に一度の奄美すももの季節。
 今年はいつになく「短いシーズン」になりますが、頑張りますので、お楽しみくださいね。

2005年05月27日

須山先生とお話しました

 昨夜は8時ごろから須山先生と、お酒を交えて、いろいろとお話しました。大変、勉強になりました。ちなみに先生は昨年1年間は冬ソナで有名な春川に留学していたそうです(^○^)


 ・奄美に大学設置(少子化と大学)
  → 総合大学ではなく、既存の大学の学部を移転する(キャンパスの一部を移転する)ような形で、100人程度の学生を受け入れられる環境。少子化がもたらす大学の変化など。

 ・サトウキビのエネルギー化
  → サトウキビを利用したバイオエネルギー(エタノール)が実現できると、奄美の農業と産業が、著しく成長できるかもしれない。

 ・奄美振興開発特別措置法の終了
  → いつかは迎える、奄振法の終了。その際に奄美地域の経済は、地元が主導できる(優位に立てる・リードできる)力や展望を持たないと、大手本土資本に飲み込まれてしまう。

 ・インターネット販売(電子商取引)について
  → BtoCとCtoCの違い。韓国のECの発展具合と日本の現状。ネットのコミュニケーション。飲みにケーションの重要さ。電子商取引で扱う商材の品質。

 ・景観と護岸工事
  → 70年代とは違い、浜を残しながらの護岸工事で、景観を守ることができる。生活空間としての「浜」の重要性。

 ・伝統工芸(結城紬と大島紬、輪島塗と備前焼)
  → 結城紬の織り工の織り賃は1反(?)8万円。大島紬は1反3万円。工程や労力の違いもあるが、大島紬の価格は(奄美では)もっと高くてもよい(=サトウキビと通じるものがあり)伝統を守ることは大切だが、時代にあわせたイノベーションがあっても良い。韓国の陶芸と備前焼。

 ・富山、韓国、奄美の地域性(人の結びつき)
 ・輸出産業としての奄美農業(農作物)
 ・山川さらさんの文章について
 ・現代の学生気質と授業
 ・観光資源としての奄美と、仕掛け
 

 などなど、わずか6時間ばかりの間に、次々と話が弾みました。一つの話にとどまらず、次々と話が展開しました。

 実はまだ二日酔いだったりします(^○^)

 奄美大島の地域性として、旅行者(島外の方)が訪れると、「ともに楽しむ」意識が強いそうです。私もその典型かな。


 ※須山先生が引率する駒澤大学の学生さん(総勢18名)達は、7月4日〜8日まで、奄美大島で現地調査を行います。果樹農業や人口移動、宗教、集落などいくつかのグループに分かれて行います。

 7月に、また、お会いしたいものです(^○^)

2005年05月26日

奄美たんかんの樹とゴザ

 
すべての奄美たんかんにゴザを敷きました

 左の写真のように、移植したすべての奄美たんかんにゴザをしきました。手前の落ち葉を敷き詰めたものは、営農指導員の大海さんが手本でやってくれました。それ以外はゴザ敷きです。

 この作業中は、午前中は台風のような激しい風雨でしたが、お昼からは晴天となりました。

ゴザを敷き詰めたあとで、畑の周りの邪魔になる草などを薙ぎ、重機で掘り返した際の根や枝などを除去しました。

疲労でぼ〜っとしています。
ゴザ敷きが済んで、ぼーっとしているところを撮影されました(^○^)

農作業で出た枝などを燃やしています
晴天になりましたので、私と岡山さんで枝などを集め、野焼きです。

 翌日、営農指導員の志岐さんが畑を確認してくれて「いいだっか、できとるがな、やあ」(良い状態で、出来ているね)とおっしゃってくださいました。

 内心、「もしかしたら、ゴザ敷きのやり直しかも」なんて心配していましたので、ほっとしましたよ(^○^)

2005年05月26日

叶先生のサトウキビ展望

 叶芳和先生から、以前の調査結果をまとめられた論文が届きました。有難いことに、@やっちやばも取り上げてくださいました。


 農畜産業振興事業団 砂糖類ホームページ
 サトウキビ供給力の将来展望

(叶先生らしい、力強い励ましです。元気がでます!)


 先日も地元の南海日日新聞さんに、叶先生の原稿が掲載されていました。サトウキビ(農業)を通して、先生の奄美に対するお気持ちが伝わってくるばかりです。


 なぜか、孫正義さんのことを思い出しました。孫さんが毎日経済人賞を受賞された際に、声を詰まらせたときの事です。

「貧しい暮らしから這い出したかった」


 かつて、サトウキビ農業は経営規模も零細で、3k作業。島の若者は忌避するものでした。しかし、21世紀になって、サトウキビで粗収入2000万円を上げる農家さんも出てきています。農業を取り巻く環境の変化もあり、以前は嫌われたサトウキビ農業も、可能性を秘めたものに変わりました。

 奄美は台風を避けられません。たしかに、時によって、厳しい状況に陥ります。けれども、奄美の農業には、大きな魅力があります。私も農業を始めたところです。時間はかかりますが、かならず、みなさんと喜びを分かち合えるように頑張りますので、これからも応援してくださいね。

2005年05月25日

駒澤大学の須山先生と

 以前から奄美に通っている、須山聡先生とお話しする機会を得ました。須山先生は、地理学の専門で、日本島嶼学会などにも参加されており、最近は「景観」を主に扱っているそうです。

 今日は2時間ほど、奄美の果樹農業についてお話しました。また、7月4日から、駒澤大学の学生さんを引率されて、フィールド調査で奄美入りされます。


 奄美の農家さんたちの生産意欲。

この点を、須山先生は指摘していました。あわせて、農業や景観を含めた、観光資源としての奄美の姿を考えていらっしゃるようです。

 偶然にも、お話の中で、福木(フクギ)の話題となりました。以前、ブログでもお伝えしましたが、私も、福木は防風林として活用できないかと考えています。


 福木その1
 福木その2
 福木その3


 その他、いろいろなお話ができて、とても勉強になりました。7月のフィールドワークで、どのような成果がでるか、大変楽しみにしています。また、7月上旬にも、須山先生や学生さんのことなど、お話しますね(^○^)

2005年05月24日

本日午後4時〜午後8時までシステムリニューアルします

 本日(5月24日)午後4時〜午後8時まで、やっちやば奄美ブログのリニューアルを行います。一時的にレイアウトなどがきちんと表示できないこともありますので、ご了承ください。

 なお、それほど、手間がかかる作業ではありませんので、システム自体は停止せずにリニューアルしますね。

 ※本日午後4時30分〜5時40分にかけての1時間ほど、緊急メンテナンスを行いましたので、やっちやばHPへ誘導させて頂きました。現在は通常通りにブログ表示できます。

2005年05月23日

奄美たんかんの臨時乾燥対策、済みました

朝は霧が立ち込めていました

 5月22日(日曜)

 奄美地方は5月9日に梅雨入りしましたが、空梅雨で、ほとんど雨が降らない状況でした。移植したばかりの奄美たんかんには厳しい状況となってきましたので、保水対策・地熱緩和対策として、樹木の下にゴザを敷くことにしました。

 午前中は、台風のような激しい風雨が続き、畑の中も、写真のように靄がかかっていました。生あたたかく、雨が降る環境でしたから(活動期に入った毒蛇ハブを考えると)一人で、畑に入ったときの恐怖感はピークに達していました。

 午前中はずぶ濡れになりながら、すべての樹にゴザを敷きました(うち、1本は営農指導員の方が敷き草の手本を見せてくれましたので、次回からは落ち葉などを利用した敷き草などを行いますね)

 午後からは、開いたばかりの畑からむき出しの根や、防風林の倒れた木などを除去し、焼却しましたので、ずいぶんと畑の見通しが良くなりました。

 
奄美たんかんの実

 右の写真は、奄美たんかんの実です。開花した後に、写真のように実をつけます。いまの大きさ3mmぐらいです。今年は移植後の強剪定をしていますので、1個の奄美たんかんに必要な80〜120枚(目安は1果につき100枚)の葉を確保できませんし、樹勢を回復させるためにも、すべての果実を落とします(全て摘果します)

 柑橘類は、常緑樹ですから品種が異なっても、1年中、葉がついています(リンゴなど落葉樹は寒くなると葉が落ちます)つまり、常緑の果樹はほとんど休眠期がないわけで、摘果、剪定・整枝を徹底しないと、樹勢は低下しますし、隔年結果もひどくなります。移植などの樹勢を大きく損なう作業をしたら、回復させるために全摘果などが必要です。

 この1年はのんびり休ませて、再来年から、実をつけさせますね。

2005年05月19日

夕刊フジより〜30、40代は深刻、単身赴任者に多い高血圧

 本日の夕刊フジに、単身赴任者の高血圧の記事が掲載されていました。私自身、元来、血圧が高いので、疲労がたまると上140で下90を越します。特に下が90を越すと、首の付け根や、偏頭痛などで苦しいです。


 「家族同居にくらべて単身赴任は特に塩分(ナトリウム)が多い外食などが中心になりがちで、それだけ高血圧になりやすい。それも、もともと年齢的に高血圧になりやすい50代と違い、30代と40代では食事の影響などがはっきりと出るので、特に注意が必要です」

 私も独身生活が長かったので、カップラーメンは大好物でした。自炊もしましたが、ラーメン系は特に好きです。早くてうまいのは魅力ですよね。分かっていても、なかなか止められないものです。

 高血圧の辛いところは、憂鬱な時間を過ごすこと。時間が取れない方はマッサージなども血圧を下げる効果がありますから(できれば、もむ時間の長い整骨院など)利用してください。


 対処法のカギを握るのは野菜と果物だ。
 「野菜や果物に多く含まれるカリウムはナトリウム(塩分)の働きを抑え、血圧を下げる作用がある。野菜や果物を積極的に食べれば血圧もこれほど高くならずにすんだはずですが」
 残念ながら、今回の調査で、単身赴任者は野菜や果物を食べる回数が少なかった。
 「また運動不足の傾向も強く、血圧上昇のブラス要因になりました」

 日常的に運動を続けることは難しいものです。てはじめに、普段から青果物を取るように心がけるのが良いかな。個人的にはゴーヤ茶は、私にあっています。今日も農作業をしましたが、一汗かいて、水筒に持参したゴーヤ茶を飲むと落ち着きますよ。

 ビールのつまみにゴーヤチャンプルも良いですね。

2005年05月19日

移植した奄美たんかんを守るためにゴザを敷きました。

 
ゴザを敷いて、上から土をかぶせました。

 5月9日から梅雨入りした奄美地方ですが、今年は空梅雨の傾向で、なかなか雨が降りません。この降雨の少なさは、梅雨明け後の旱魃にも影響します。

 先日移植したタンカンが枯れてしまうことはないにしても、緊急対策として、写真のように木の周りにゴザを敷きました。移植をして樹勢が落ちているタンカンですから、すこしでも、保湿効果を高めて、守りたいのです。

 ちなみに、ゴザの上に土をかぶせていますが、これは風で飛ばされないためと、(ゴザと地面の隙間に)ハブが潜まないためです。ゴザの枚数が足りなくて、もう一度、この作業はしないといけませんが、手始めに、何本かだけでも手を打ててほっとしています。

 昨日から今朝にかけて、この畑の周囲でも雨は降りました(標高400mほどの畑なので、午前10時ごろまでは霧に包まれていました)が、地面を湿らす程度で、スコップで土を掘ると、乾燥気味でした。数日様子をみて、雨が少ないようなら、もう一度、斉藤さんにお願いして水遣りをしないといけないかな。


 今日は、この畑で初めて一人で作業しました。先日の奇妙な音や雨の降った後でしたから「ハブが出ませんように」と、目に見えない何かにお願いして、山に入りました。

ドキドキでした(^○^)

 ドラッカーは「Think globally , Act locally」といいましたが、私は「20本の木から、世界を見て」います。自然を畏れ(おそれ)ながら(怖いものは怖いのです)自然の恵みを心待ちにしています。農作業にも少しずつ慣れてきましたが、これからも畏敬の念を持ちながら、自然の中に溶け込んでいきたいものです。

2005年05月18日

空梅雨なので、移植したタンカンをゴザで守ります。

移植した直後の奄美たんかん
 5月11日〜14日の移植作業は、無事に終了しました。

 このあと、5月下旬〜6月上旬にかけて10日間ほど重機をいれて、来年以降にタンカンを育てる畑を整備し、平行して、移植したタンカンに堆肥を投入し、梅雨明け前に敷き藁を敷く予定でした。

 しかし、今年は空梅雨の傾向がはっきりとしてきましたので、急遽、明日、敷き藁の代わりに古畳の古茣蓙を利用して、保湿対策をします。

 ※本来は、敷き藁が最適ですが、敷き藁を投入する時間等を考えると、すぐにできる古ゴザで緊急対策を施すことにします。

 敷き藁の主な効果は、土壌の保湿効果を高め、雑草を防ぎ、最終的に敷き藁自体が土に還りますから(肥料効果は薄いものの)土作りにも役立ちます。ゴザも同じ効果を出しますので、旱魃時の緊急対策には、役に立ちます。ただし、ゴザの薄さですから、あくまで緊急対策です。

 いまのところ、5月13日(移植の翌日)に1本あたり100リットル程度の潅水を行いました。その後、5月14日・15日は地面を濡らす程度の降雨があり、16日にはあらためて1本あたり100リットルの潅水を行いました。

 ※移植した木によりますが、本来は1本あたり500リットルほどの潅水を行います。いまのところ、梅雨に入った事もあり、様子をみながらの潅水を行っています。

移植直後に、このように大幅に剪定をします。

 上の写真は移植直後のタンカンの木です。この後で、右の写真のように、おおよそ1/3ぐらいになるまで、枝を落としました。こうすることで、枝と根のバランスをとって、移植の失敗(枯れる)を防ぎます。
 
 今回は、主幹から2本の主枝を出す開心自然系の樹形にしました。できるだけ低い位置で栽培管理できるように、また、末永く収量を確保するための樹形です。

 ゴザは畳屋さんにお願いしてもらってきました(現在60枚。明日の夕方に別途20枚。違う畳屋さんからも40枚ほどもらえます)私が使う分は80枚ほどですから、まず、やっちやば農園でゴザをしいて、同時期に2名の農家さんが移植をしていますので、あと200枚ほど集めて、彼らの援護射撃をします(^○^)

 今後も園作りを行ううえで、移植は重要な作業になりますので、しっかりと学びますね。

 ※私が危機感を持っているのは、移植による樹勢低下なんですが(できるだけ早く回復させたいのです)これは、奄美地域のタンカンの病害虫診断と対策でも触れられている「(仮称)黄化・落葉症」とも関係しています。

 ※水間さんの奄美便りでも、空梅雨のこと

2005年05月18日

ぷぷっぴ10ウィークエンドさんで放映されます<6月>

 6月に入ってからですが(放映日はまだ未定)読売テレビのぷぷっぴ10ウィークエンド(土曜午前11時40分頃)で、ある果物が放映されることになりました。

 6月に入ってからですから「あの果物かな」「この果物かな」といくつかおすすめがありますので、よろしければ、ご覧下さいね。ぷぷっぴ10ウィークエンドは主に近畿圏で放送されるそうです。

2005年05月17日

パッションフルーツ育成記4 / 奄美パッションフルーツらしい大きさに!

 
かなり肥大化した奄美パッションフルーツ
 4月28日に最初の花を咲かせた、パッションフルーツですが、受粉作業の結果、現在、50個ほど実がつきました。

 毎日、花が咲いているのをみては、岡山ママはせっせと受粉作業をしています。実を肥大させるために、園芸用の液肥を用意してあげたり(堆肥類は残念ながら、このテラス内では利用できません)彼女にとって、実がつくのは、何よりの楽しみで、次は、着色が始まるのを待ち望んでいます。

 写真は、いままで追いかけてきたパッションフルーツの実です。本日計測したところ、縦7cmほどにまで肥大しました。この実がついて、ちょうど12日目。いまあるテラスの実の中では最大となりました。

 ずいぶんと、奄美パッションフルーツらしい大きさですよ。ちょうど5月9日ごろに奄美地方が梅雨入りした影響もあって、肥大するまでにやや時間がかかっていますが、連日気温25度を越していますので、やはり受粉後10日程度で肥大期は済みそうです。

 開花の第一ピークは、先週一週間で済んだようです。これからは1日10個前後の開花がゆるやかに続き、6月頃に第二の開花ピークを迎えるでしょう。

 収穫までの日数ですが、今年の奄美の梅雨は、空梅雨の傾向がはっきりとしてきました。ということは、きちんと水遣りを行えば、おそらく、開花後50日前後で収穫できるでしょう。いまのところ、6月20日すぎから次々と収穫できるかな。

 収穫後に糖度検査をして、発表しますので、お楽しみに。

 ※潅水と肥料については、もっと研究したいです。今回は家庭(テラス)で出来る棚栽培で、屋根はトタン屋根で、直接の日光はあたりませんが、全体に明るい部屋ですから水と肥料さえきちんとできれば栽培できます(なんだかテラスと言うより、家庭用ハウスのような感じです)

 問題はスリップス類などが発生したときですが、その都度、対処したいと思います。

2005年05月16日

移植作業中のお昼時

A姉さんが冷やし素麺を作ってくれました
 この週末、雨が降らなければ、移植したタンカンの木に水をやろうと思っていましたが、幸い、土日にかけて、福元地方は雨が降りました。

 私も、タンカンの移植作業の疲れもだいぶん取れましたよ。慣れない作業をすると、疲れの取れ方が鈍いかな。二の腕はまだ筋肉痛が軽く残っていますが、全身の疲労は今日はすっかりとれた感じです。

 移植作業中、T兄さんやA姉さんが、慣れない私のことを気遣ってくれて、お昼に冷やし素麺を用意してくださいました。写真をご覧下さい。

 この畑は、町(名瀬市中心部)まで車で1時間半ほどかかる場所にありますから、普通は冷やし素麺など望めません。でも、暑さと湿気でヘトヘトでしたから、この山で食べた冷やし素麺は最高でした。


 今回、協力してくれた農家さんたちは総勢15名ほど。打ち上げのときも含めて、平均年齢45歳といったところでしょうか。30代は私も含めて3人でしたが、33歳の私が一番年下でした。

 みなさん、暖かいまなざしで、私を見守っています。私を「農家」として育てようという気持ちが伝わってきます。これから20年は、この農家の先輩たちが現役で頑張れます。しかし、30年後は、年齢的に難しいでしょう。

 地域の柑橘栽培の環境と技術。
 今が全てではありません。30年後も、50年後も、続いていかねばなりません。そのためには、次代をになう後継者が一人でも欲しいものです。

 柑橘栽培では、みんなが尊敬するOさんは「3日ぐらい、俺と農作業をしないか」と私を誘います。仕事の速さを教えてくれる意図ですが、いまはちょっと待ってくださいね(^○^)

 もうすこし、フルに動ける体力(筋力ではありません)がついたら、しごいてくださいね。それにしても、みなさん、口を酸っぱくして言いますが「最初から楽をするな」という事で、この3日間は、私は省力化とは無縁の作業を行いました。

 それでも、へこたれずについていく意志の力。
 厳しくも、暖かい試練でしたが、なんとか乗り越えることができました。

 次は、今月下旬ごろから、10日ほどかけて、重機を乗り入れます。これは来年にタンカンを植えるための畑です。しばらくは土作りになりますが、機会があれば秋に短期間で収穫できる野菜を試してみます。平行して、移植したタンカンに堆肥をたっぷりと施します。

2005年05月15日

畑に通じる道のヒカゲヘゴと奇妙な物音

畑の入り口のヒカゲヘゴ

 まだ畑の名前を決めていませんが「@やっちやば農園」とでもしましょうか(^○^)

 やっちやば農園の入り口には、高さ7mほどのヒカゲヘゴがあります。ヒカゲヘゴは原生林を思わせる、亜熱帯の島・奄美ならではの植物ですよね。

 ※ヒカゲヘゴはシダの仲間です。樹木ではなく「草」です。島バナナも草ですが、どんどん高くなり、まるで樹木のように見えますよね。

 やっちやば農園は、このヒカゲヘゴの下を通り抜けて、しばらく坂道を登った左手に、60mと80mの棚があり、そこに合計21本のタンカンを移植しました。坂道を登った右手には、大体3反ほどの山を迂回するような棚があります。

 タンカンを移植した2段の棚の上には、200mほどの農道を作り、その農道の先には2反ほどの円形の畑(まだ手つかず)があります。また、この200mの道路の上にも、2反ほどの畑があります。

 道路を隔てて(風が強い場所になりますので、当分は防風林作りだけですが)天地がえしをした畑が、2反・2反・1反ほどあります。

 以上をあわせると、約1町歩ほど(1ヘクタールほど)タンカンを植えることができるでしょう。本数にして200本ほどは植え付けできる計算です。


タンカンの異色中に奇妙な音がしました。
 不思議な経験をしましたので、書いておきますね。2日の移植作業中に(私とFさんが移植中で、T兄さんが、このように選定中の出来事です)ちょうど、このタンカンの木の向こうの竹林から、奇妙な音が何度も聞こえました。

 どんな音かと言うと、巨大な何かが地面を踏みつけるような音です。「グワシャ」「グァシャ」という音で、最初私は、イノシシが地面を踏みつけているのかなと思いましたが(写真では見えませんがイノシシを防ぐ鉄柵があるところです)それにしては巨大すぎる音でした。

 重機のエンジン音より、あきらかに大きな音で、そもそも、人が話をしていたり、重機が動いているところに、臆病なイノシシが寄り付くわけもありません。

 私たちを威嚇するかのような、その巨大な足音は(時間にして5分ほど)断続的に、聞こえてきました。音がするたびに、みな、その場所を見るのですが、FさんもT兄さんも私も、しらんぷりをして作業を続けました。

 かなり音がやかましくなったので(私は近くの飛び移れる木のそばに少しずつ逃げました)T兄さんが「鳥の鳴く声」のような奇声を発すると、しばらくして、その音はしなくなりました。

 その後、「ケンムンでぃや」と、T兄さんは真顔で教えてくれました。

奇妙な音がした竹林

 念のため、翌日、その物音がした竹林を重機で開いたのですが、写真のように竹が密生していますので、獣の類が通れるものではないのです。

 不思議な経験でした。

 あの音の正体は、通常考えると、イノシシなんですが、その場にいた3人は、みんな「ケンムン」だと思っています。


※ケンムンについて

 南西諸島に共通して伝わる、本州の河童のような姿の妖怪。奄美ならケンムン。沖縄ならキジムナ(キジムン)。奄美のケンムンはいろいろなバリエーションがあって、良い行いも、悪い行いもする(基本的には、人なつっこくて、いたずら好き)

 ケンムンの友達になると、裕福になれたりもする一方で、とんでもない災いを起こされる事もある。1年のうち、半分は山。半分は海で暮らす。時に人の運命(死ぬ日時)を決めることもある。

 もっとも多い言い伝えでは、ケンムンは相撲が好きで、人を見ると相撲を挑んでくる。勝っても負けても、次々とケンムンの仲間が現れて、ずっと相撲をとる羽目になる。また、東北の座敷わらしのように、ケンムンが寄り付く家(場所)は栄えるらしい。

 ケンムンは、一度受けた仕打ちは忘れずに、必ず仇を討つ。キジムンは人に化けることができるようだが、ケンムンは姿を変えることはないらしい。

 私のイメージでは神様と妖怪の中間ぐらいで、天狗に近い存在。ちなみに「モウロク」していた私の祖父は、時折、ケンムン軍団と戦うために、杖を手元に置いて「子や孫を守るために、この杖で戦う」と言っていた。祖父と過ごした最後のお正月に、ケンムン軍団の大将が済む山の沢の場所を、私に教えてくれたが、今は内緒にしておきます。

2005年05月14日

営農開始!第三日目 - 奄美たんかん栽培

奄美たんかんの花

 奄美タンカンの移植作業の3日目です。初日は荒れた畑を重機で使えるようにしました。2日目は奄美たんかんの移植(植え替え)と枝の剪定。そして、今日は移植の区切りとなる水遣りです。

 この作業が済めば、しばらくは奄美たんかんの状況をみながら(枯れずにきちんと根付いたら)草刈りが主な作業になります。なんとか今日を乗り越えたいと思って頑張りました(^○^)

 本来は、植え替え時にすぐに水やりをしますが、梅雨入りした事もあって、翌日行うことにしました。左の写真は移植した奄美たんかんに咲いている花です。樹勢を回復させるために、今年は奄美たんかんに実はつけさせませんが、来年は、この花が沢山咲きますよ。

 
タンカンの水遣り1

 移植した直後のタンカンは、重機で土をかぶせ、礫などをのぞきながら、人の力で、土を盛りました。でも、それだけでは不十分です。

 水をやりながら、タンカンの根にできた隙間を埋めていきます。このように水をやりながら、地面を押すと、ぼこぼこと穴が空いていきます。

 昨日あれだけ鍬をつかって土を盛ったのに。今日も鍬とスコップがお友達。私も疲労のピーク。頑張れ!


奄美たんかんの水遣り2
 水を充分にやって地面を踏むと、根と根の隙間がありますから、地面が陥没します。

奄美たんかんの水遣り2
 こんな具合に、地面をならしながら土を盛ります。


最初の畑の写真と比べてください。
 はじめて西牟田さんの畑を紹介した際に、植えていたミカンの老木の写真を掲載しました。開墾が進んでいますので、ちょうど、同じようなアングルで撮影した写真を掲載しますね。

 この数本の老木は、これからも西牟田さんが管理します。来週のはじめに、移植後のタンカンの状況を確認して、必要であれば、もう一度、水遣りをします。その後、堆肥をいれ、敷き藁などをして、保湿効果を高めます。

 一方、来年移植を行う場所は「天地返し」をして土作りを行います。ある程度、園の形ができたら、西牟田さんを招いて、この畑を見せますね。大喜びするだろうな(^○^)

 開墾前の畑はこちら → そして、約束の地

 今日でタンカン移植の一区切り。慣れない作業でしたから、たしかに疲れましたが、いまは責任を果たしたという気持ちのほうが強く、ほっとしています。この3日間で移植した、奄美たんかんの木が、無事に育ってくれればと願っています。

2005年05月12日

営農開始!第二日目 - 奄美たんかん栽培

奄美たんかんの運搬
 昨日で畑の形を作った私たちは、今日は待望の奄美たんかんの移植を行いました。

 昨日は畑の周辺では雨は降らなかったので助かりましたが、さすがに今日は降りました。この時期(梅雨時期)は、地面を掘るとブト(蚊の仲間で、さされると蚊よりずっと腫れる)が、次々と沸いてきます。雨のためか、アブも活動を始めました。

 私も何十箇所、ブトにさされたか分かりませんが、今日、応援してくださった方々も、相当にさされています。が、手を休めることなく、黙々と移植作業を行いました。

 タンカンの移植は、(昨日作った竹のポイントを目安に)重機で地面に穴をあけます(この際に、怒涛のようにブトが飛び出します)。その後、重機でタンカンの木を穴に移動させ、根を隠すように土をかぶせます。


 その後は、ひたすら人力勝負。

タンカンの移植
 タンカンの根にかぶさった土から、石や草、根などを取り除く。鍬を使って、根のほうから丁寧に地面をならしていきます。

 ある程度、タンカンの木が落ち着いたら、剪定を行います。移植は、丁寧に行っても、もともと植えてある場所から移動するわけで、タンカンの根は傷ついています。枝を落とすことで、樹勢を整える(根と葉のバランスを整える)のです。

 ※剪定終了後には、切り落とした枝の部分から病気(菌)が感染しないようにパッチレートで消毒しました。


 剪定中に落とした枝や葉は、すべて一箇所に集めて焼却します。いらぬ病気の温床にはしたくありませんし、この時期は、とくにハブが潜まないように、できるだけ、畑の見通しを良くしたいのです。

 ※本日、小さなハブを1匹とマムシを1匹退治しました。

 整地を行った昨日よりも、移植作業の今日が時間もかかりましたし、きつい作業でした。ですが、最後の移植が済んだときの開放感はなんともいえませんよ(^○^)

 みなさんにお話したいことは沢山ありますが、今日はここまで。明日は移植したタンカンが元気が出るように水をたっぷりと与えて、土を盛ります。明日が移植作業のひとまずの締めくくりです。夜は打ち上げで総勢15名の農家さんたちと乾杯してきますね。

2005年05月11日

営農開始!第一日目 - 奄美たんかん栽培

 
植栽前の畑


 足掛け1年半かかりましたが、私の(やっちやばの)営農が、本日(5月11日)から始まりました。

 以前、お伝えしたとおり、左の写真は西牟田のおばちゃんから託された畑です。西牟田さんはお父さん(ご主人)を亡くされてからも、なんとか畑を守ってきましたが、高齢でもあり、手がまわらず、写真のように荒れてしまいました。

 このまま畑が荒れていくのは忍びないということで、私たちに貸してくださることになりましたが、畑を管理する苦労をご存知ですから、借地契約を結ぶ際も、いろいろとご配慮頂きました。有難い限りです。

 まずは、奄美たんかんを移植するために、重機を入れて、畑を形作る事から始めました。

 
今日一日で、2つの棚を整備しました


 もともと畑でしたから、土壌は問題なく(石もほとんどなく)すでに植えられている、老木となったミカンの木を重機で掘り返し(15本ぐらいありました)明日の移植に備えて、畑を整備しました。

 このようになりました(^○^)

 面積にすれば一反ほどですが、1日でこれだけ変わるって、びっくりですよね。これも農家さんやJAの職員さんたちが応援してくださるからです。

 今日は下準備でしたから、私も含め、主に4人で作業にあたりました。明日は8人ほどで作業を行います。明後日は3人かな。無事、移植が済めば、次は梅雨が明けてから、(台風等の)風の流れを確認して、防風帯の補強を行います。

 
20年の老木


 最初の5時間ほどは、次々と、このようなミカンの老木を掘り出して、病害虫を防ぐために焼却するために、のこぎりで枝を切りました。全ての枝を適当な大きさに切り、根の土を払い落とすのに、大体1本の木で30分ほどかかりました。

 明日の移植のポイント作りのために、竹を20本ほど切り、5m間隔ずつに立てました。

 奄美は梅雨入りしていますが、この畑のある大和村福元地方は、今日は晴天でした。暑さと慣れない作業で、私の体力はみるみる消耗しました。最後の3時間は、意志の力だけで立っていました。まるでK−1みたいですね(^○^)

 今は疲労が心地よいです。

 明日も頑張ります!
 

2005年05月11日

5月12日、札幌テレビどさんこワイド207で

 明日(5月12日)、札幌テレビどさんこワイド207さんで、スナックパインが放送されます。おおよそ午後3時50分〜4時過ぎまでになります。

 どさんこワイドの担当の方が大変熱心な方で、お話していて、私も楽しかったです。北海道にお住まいの方は、よろしければ、ご覧下さいね。

 どさんこワイド207

2005年05月10日

今年の奄美すももについて

 昨日、いろいろと大和村の農業関係の方とお話をしたのですが、今年の奄美すももは、史上最悪の大不作になる可能性が出てきました。

 現在、大和村では毎年200トンほどの共販量を維持していますが、現時点での今年の予想は30〜50トンといったところです。5月下旬に最後の確認が行われますが、96年の大不作時を下回る(20トンほど)可能性が出てきました。

 さまざまな畑(いろいろな作物)を訪問していますが、多くの方が、昨年12月の台風の「塩害」が厳しかったとおっしゃいます。


 現時点では、インターネットでみなさまにお分けできるだけの質の奄美すももをどれだけご用意できるか。悩ましいです。まったくお分けできない事もありうるという点だけ、ご承知くださいね。

2005年05月10日

奄美地方、5月9日に梅雨入り宣言

 遅くなりましたが、奄美地方の梅雨入り宣言が、5月9日に出されました。これから梅雨明けの6月下旬まで、雨の多い日が続きます。

 有難いことに、今年は空梅雨ではないようです(^○^)

2005年05月09日

パッションフルーツ育成記3 / 次々と開花します!

次々とパッションフルーツが開花し始めました

 昨日から今日にかけて、パッションフルーツが次々と開花を始めました。出蕾も相当数ありますよ。開花の第一次ピークに入ったようです。このピークが過ぎると、ゆるやかに花を咲かせ、あとは6月に入ってから第二次ピークを迎えまるでしょう。

 見ているだけで気分が良いですね(^○^)

 
蕾も沢山でてきました


 パッションフルーツ農家さんには、この時期は受粉作業に追われます。着果後に必要な作業などもあって、いまが一つの勝負どころです。ぜひ、頑張って頂きたいです。

 このテラスでの栽培は、パッションフルーツの生態を知る目的ですから、好き勝手に伸ばし放題ですが、以前紹介した谷口さんのパッションフルーツは、すでにきれいにつるに実がついていますよね。なんだか芸術的な姿です。

 ※本来はもっと果実を増やせますが、そうすると果実の肥大化が困難になりますので、谷口さんは少なく実をつける方法を取っています。奄美の標準的な経済栽培の基準と比べると谷口さんは着果数を約60%程度に抑えています。パッションフルーツの果実の大きさは、甘さは別として、食感に大きな影響を与えます。ですから、サイズの面でも、このテラスで作るパッションフルーツは「売り物」にはならないんですよ。


 ちなみに、昨日紹介したパッションフルーツの実は、昨日は私の小指第一関節ほどの大きさでしたが、今日は第二間接ほどまで肥大しています(昨日は縦2.5cm。今日は縦3.2cm)

 肥大するパッションフルーツの実

 繰り返しになりますが、商品としてパッションフルーツを作るには、途方もない努力と経験が必要です。甘さを向上させるために、一から有機肥料をお作りになる方もいます。市販の液肥だけを使っているのでは連作に伴い、問題も出るでしょう。

 観賞用栽培と経済栽培は、同じ品種であっても、まったく別物です。基礎的な病害虫対策だけでは防げない事態も多々起こります。そもそも「土」が違うのです。農業としてパッションフルーツを選択するのは大変だという点は、ご承知下さいね。

 それにしても、花が咲くとウキウキしますよね(^○^)

2005年05月08日

パッションフルーツ育成記2 / パッションフルーツに実がつきました

パッションフルーツの実

 先日パッションフルーツが開花したとお知らせしましたが、その後も次々と開花しています。そこで、受粉を行いました。テラスの中で栽培していますので、何もしないと受粉はしませんので、人工授粉です。といっても、難しいものではなく、おしべをちぎって、めしべにつけるだけです。

 パッションフルーツの実は受粉後、大体10日ほどで収穫時の大きさにまで肥大します。(写真で縦2.5cmほど。受粉後4日)

 予想ですが、このテラスの中で栽培しているパッションフルーツの縦の大きさは、頑張って6cmぐらいに肥大するのが精一杯でしょう。一方、パッションフルーツ農家の谷口さんのものは(出荷するものは)縦7.5cm前後以上に仕上げてきます。

 栽培環境の違いや優良苗の育成などもありますが、受粉後10日ほどで、肥大化だけでもこれだけ差がでますよね。なお、どんな作物も、最初の栽培は楽です。しかし、年をおうごとに難しいもの(技術が必要)になってきます。失礼のないように付け加えますが、このテラスでは、パッションフルーツの生態を知るための栽培(学習)ですから、プロ農家さんとは比べないで下さいね。

 このテラスでの栽培暦は、今年が2年目。来年以降は肥料と根の問題を検討しなければなりません。ともあれ、楽しみです(^○^)

奄美パッションフルーツ

2005年05月07日

栃木からとれたての大根と人参が届きました

 栃木にお住まいのお客様(S様)から、とれたての大根と人参が届きました。まっさきに、私の目に浮かんだのは、(奄美とは土壌の違いもありますが)礫一つひとつをとりのぞき、丹精にお作りになっている姿でした。

 このブログやメルマガなどで、私・何度も日本の農業の将来をお話しています。的外れな考えも多いと思いますが、共感してくださる農家さんや農家のご子息のみなさんから励まされてもいます。この長野にお住まいのお客さまも共感してくださって、とれたての大根と人参を送ってくださいました。

 本当にうれしいです。


 私はいつも「奄美の果物」とばかり主張しています。けれども、自意識過剰というか「おらが一番」という意識はまったく持っていません。むしろ「奄美の果物」の産地としての、もろさと弱さを、誰よりも感じている人間の一人だと思っています。

 それぞれの産地には、それぞれの良さがあります。一概に、○○産だから美味しい。△△産だから期待できない。というものではないのです。

 作る人によります。立地条件によります。時期によります。何より、天候に左右されます。これらを踏まえて、旬の時期に、どれだけ良質なものを、毎年安定してお届けできるかどうか。


 農家さんがいる限り、全国各地の農村部は、それぞれの長所を活かして、もっともっと活躍できます。大事なことは「世界を考え、地域で行動する」ということでしょう。

 私が感じているのは、圧倒的なプロダクトよりも、プレイスやプロモーションの大きさよりも、プライスよりも、カスタマーです。いかにお客様と感動とか、喜びとか、知識とか、苦労とかを共有できるか、です。

 全国各地に、良い仕事をされる農家さんが沢山いらっしゃいます。それぞれの地域で生産も販売も努力されて、次の世代につなげて頂きたいです。

 たしかに、一農家、一個人ではすぐに結果がでるものではないでしょう。ですが、その地域で一人でも構わないのです。意識を持って頂ければ。その一人の意思が、やがて地域を変えていくことでしょう。私もそうあるように頑張ります。

マイ ガーデン
ほのぼのとした農業系ブログです(^○^)

2005年05月07日

谷口さんのパッションフルーツの畑で

奄美パッションフルーツの実
昨年の相次ぐ台風で被害を受けた谷口さんの畑ですが、無事に回復しています。

 先日、やっちやばのテラスで咲いたパッションフルーツの花をお知らせしましたが、今日は、谷口さんの畑をご紹介しますね。もう、こんなに実がついていますよ(^○^)

 谷口さんの畑は「潤沢な水」を確保できる環境です。奄美がパッションフルーツ栽培に適した地域といわれるのは、雪が降らない環境(年間平均気温が22度ほど)で、夏場は日照が豊富(台風以外にまとまった雨は降りません)である。これらに加えて、年間降水量の多さ(約3000mm)ということに尽きるでしょう。

 奄美は雨が多い地域です。しかし、夏場は台風以外にまとまった雨は期待できず旱魃状態になりがちです。(ですから、台風は南西諸島にとって恵みの雨をもたらす存在でもあります)

 以前もお知らせしましたが、谷口さんの畑は潤沢な水を確保できる環境です。梅雨時期と台風時期に予想しない被害をうけなければ、まず間違いないでしょう。年々栽培技術を向上させている谷口さんですから、よほどのことがない限り、今年も高い確率で素晴らしいパッションフルーツを育てるでしょう。

 楽しみです(^○^)

 時期尚早ですが、この写真のパッションフルーツであれば、今年の奄美が空梅雨であれば、6月第2週ぐらいから。例年並みの梅雨であれば、7月第1週ぐらいから。次々と収穫できるでしょう。今年は最高に暑い年になりそうですから、収穫は早まる傾向でしょう(これは私の印象ですが、谷口さんも内心そう思っているんじゃないかな)

 今年も「熱い」夏になりそうですね(^○^)

 奄美パッションフルーツ

2005年05月06日

寒水ダンシングファクトリーの寒水先生と

 ふとしたご縁で、寒水ダンシングファクトリーの寒水先生とお話しする機会を得ました。70歳位とおっしゃる寒水先生でしたが、とてもお若くて、50代にしか見えなかったです(^○^)

 懇親会の席でもあり、寒水先生も、私も、岡山も、その他のみなさんも、すぐに打ち解けて、率直な意見を述べることができ、有意義な一時を過ごせました。

 開口一番、寒水先生は「奄美の自然」「奄美の経済」「奄美の魅力」を熱くお話になったので、「どこまでお話したらよいのかなあ」と私、最初は、とまどっていました。が、お話しするうちに、先生のお人柄が伝わってきて、私も、どんどん話すことになりました。

 一言で表現すれば、寒水先生は「いま」を大事にする方です。たとえば、奄美のサンゴがダメージを受けた。死んでしまったサンゴをどのようにするか、そして、この先、どのようにサンゴを守っていくのか。という具合に、それまで(過去)をとわず、「今から」を考える方でした。


 「極める」ことの大切さも、先生は指摘されていました。

 私自身、かなり励まされたように思います。

 ダンスの世界は、やはり才能が大切なようです。けれども、どれだけ才能があっても、経済的な問題で道を諦めざる得ない方もいます。志があっても続けることができない。しかし、それでも続けていくことで、極めることができるのです。この事、大変勉強になりました。

2005年05月02日

政府系金融改革−連休明けから議論本格化

 現在、小泉首相の方針では、20年度完全実施です。

 政府系金融改革 公営1機関残し民営化

 この中では、奄美群島振興開発基金(政府系金融機関では最小規模)が含まれていないようです。さて、どうなることでしょうか。現在、奄美で農業を行う方は、なにかしら、奄美群島振興開発基金さんの一般農業振興資金を利用されていると思います。

 経済規模が異なりますが、沖縄振興開発金融公庫さんの従来の役割が存続するのであれば、奄美群島振興開発基金さんの従来の役割も残してほしいものです。

 ・奄美群島開発基金とは(公式HPより抜粋)


 奄美群島における産業の振興開発を促進し、群島経済の発展に寄与するため「振興開発計画に基づく事業に伴い必要な資金を供給すること等により、一般の金融機関が行う金融及び民間の投資を補完し、又は奨励すること」を目的としています。


 台風等の常襲地帯でもある、奄美の農業振興という意味で考えると、全国組織のJAバンクさんよりも、開発基金さんのほうが、奄美の実情になじんでいるように思います。

 それにしても、現在の改革の流れは(功罪は別として)地方には厳しいですよね。

2005年05月02日

南西諸島のうち、沖縄地方の梅雨入り

 気にしていた梅雨入りですが、南西諸島の先陣を切って、本日(5月2日)沖縄地方が梅雨入りしました。この先、1週間以内に奄美地方も梅雨入りすることでしょう。

 平年より6日早い梅雨入り(沖縄地方)

 GW中の梅雨入りは、久しぶりですね(^○^)

2005年05月01日

この夏の、南西諸島のマンゴーについて

 奄美完熟マンゴーの季節は7月下旬から8月中旬にかけてですが、その年が豊作なのか不作なのかは、春の受粉具合で決まります。すでに沖縄では問題となっていますが、今年はマンゴー、厳しいようです。

 琉球新報 八重山でマンゴー開花遅れる

 奄美群島では、奄美大島と徳之島がマンゴー栽培がさかんです。まだ奄美ではどのような影響があるか分かりませんが(いまのところ、晶納さんは特に問題はないそうです)6月に入れば、はっきりとするでしょう。

 2月の長雨。
 奄美の果物には、厳しい結果を残しそうです。