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2007年05月の記事一覧

2007年05月31日

稲盛和夫京セラ名誉会長講演会、実行委員会にて

 5月29日。

 稲盛和夫さんの講演会の実行委員会が開催されました。当日は1時間半ほどの協議で、各部会の部長さん等が選出され、組織体制が整いました。

 講演会を成功させるためにいろいろな課題が浮かび上がってきましたが、今後、詳細を詰めていくことになります。

 協議の後で、場所を移動して懇親会が開催されましたので画像をアップしておきます(写真提供:町ゆかりさん)

 奄美で活躍する方がたくさん写っていますが、私がどこに写っているか分かるでしょうか(^○^)

 念のため、重信千代乃さんはびっくりするほど、お美しい方でした。

花井恒三さんや田畑龍郷町長さん、大茂実行委員長など

パッケージ事業の山田嘉典さんやIT企業塾のOBのみなさんなど

前田幸俊さん・松村智行さん・安田荘一郎さん・重信千代乃さんなど

宏洲教育長や畦町町議さんなど

2007年05月30日

社会教育指導者初級研修で

奄美大島社会教育有志指導者初級研修

 5月20日(日曜)。

 奄美大島の龍郷町教育委員会さんの要請がありましたので、社会教育指導者研修会でお話ししました。

 「指導者の役割」というテーマでしたので、いつもと毛並みが違う事もあって(幅広い年代の方々でもあり)すごく緊張しました。

 当日は50名ほどがご参加くださり、つたない私の話を暖かく見守ってくださいましたので、なんとか乗り切ることができました(^○^)

 参加者はPTA・地域の女性団体・高齢者団体等の関係者で、この研修で得たものを再び地域に還元しようと意欲のある方ばかりでしたから、私も話しているうちに、どんどん熱が入っていきました。

 逆境をバネに成長していく。
 奄美でもできる。奄美だからこそできる。

 なんだか、この2点ばかりお話ししたようです(^○^)

2007年05月30日

稲盛和夫京セラ名誉会長、奄美大島で講演決定!

 2007年9月25日。

 なんと、あの稲盛和夫さんが奄美大島・龍郷町で講演を行います。昨年からずっと待ち望んでいた、この講演会ですが、ようやく形になりました。本当に嬉しいです。

 昨日(5月29日)は第一回の講演会実行委員会が開催されました。

 稲盛和夫 京セラ名誉会長

 今週の言葉(5月28日更新)
 「人生とは、自分自身が脚本を書き、主役を演じるドラマだ。どのようなドラマを描くかは自分次第であり、心や考え方を高めることによって、運命を変えることができる。」

 維新の三傑のひとり、西郷隆盛は奄美大島で不遇の時を過ごしました。しかし、この奄美での暮らし(奄美大島・徳之島・沖永良部島で足掛け六年の暮らし)で、西郷ならではの思想を得るに至ります。

 西郷隆盛は、失意の中、奄美での暮らしで、妻を得、息子・娘を得、そして、死と対峙する中で人生とは何かを深く思索していきます。

 「天、何の故に我が身を生み出し。。。」

 やがて、至誠合天、敬天愛民、そして敬天愛人へと西郷の思いは固まっていきます。

 稲盛和夫さんは西郷さんを心から尊敬していますので、奄美大島では「西郷隆盛が奄美でつかんだ人生」を軸にお話してくださるでしょう。

 本当に楽しみです。

 西郷さんはいろいろな言葉を残していますが、今のわたしには「いくたびか 辛酸を経て 志 始めて堅し」がしっくりきます。

 逆境を乗り越え、使命を固めたい。道はまだ遠いのですが、稲盛さんのお話を通じて、さらに「志」を堅くしたいと思うばかりです。

 
 なお、実行委員会の重鎮は「奄美の寅さん」こと花井恒三さん。昨日もユーモアを交えた「するどい指摘」がさわやかでした(^○^)


 追伸:
 明日は「琉球の自治」の著者 松島泰勝先生はじめ、東海大学の学生さんたちとのお話。北琉球(=奄美群島)と南琉球(=沖縄)。楽しみです(^○^)

2007年05月18日

会議が多くて(^○^)


 春の連休が済んで奄美に戻った途端、会議や打ち合わせに追われています。中には官民あげてのビッグ・プロジェクトも含まれており、私自身の緊張も最大限に高まっています。

 打ち合わせに投じる時間を畑で過ごしたいと思いながらも、いまが正念場。この場で勝ち抜いてこそ、明日があります。春の努力の結果が夏に花開くと思うと、し甲斐もあるというもの。

 映画のシナリオ・絵コンテ等も急ピッチで進んでいます。撮影機材の手配や購入機材、ロケに関しても、ほぼ予算が立てられる状態になりました。

 島唄CDの制作も6月から本格化します。通販の新事業も7月スタートを目標に来週から実質的な協議が始まります。ポスターやチラシ等の下準備は今週から手をつけました。

 次の日曜は奄美大島社会教育指導者初級研修で講演します。社会教育を実践される方々に、今の想いを伝えますね。

 厚生労働省所管・奄美産業活性化協議会実施の地域提案型雇用創造促進事業(=パッケージ事業)も無事、最終年度を迎える事ができました。

 今年も奄美市IT企業塾が実施されるのが本当に嬉しいです。泣いても笑っても今年で最後ですから、委託先として選考されたら、精一杯努力します。

 昨日、IT人材塾のOBのHさん夫婦が遊びに来てくれました。短い時間でしたが、起業に向けて若い夫婦が努力する姿は、とてもまぶしかったです。これで商店街に新しい事務所がひとつできますよ。

 さて、今日も打ち合わせに備えますね! 

2007年05月14日

泥染めが好きでたまらない 〜 だから続けさせて欲しい

 昨年の10月。
 義理の弟でもある山元隆広君から相談を受けました。

 「僕はどうしたらいいのでしょうか」

 2006年の大島紬業界は試練の時を迎えていました。大手全国呉服チェーンの相次ぐ倒産等によって販路が激減し、奄美大島で細々と経営をしてきた紬業者は、かつてない苦境に立たされていました。

 たしかに今までも伝統産業である大島紬は好不況の波にもまれながらも存続してきましたが、昨年から始まった苦境は、個々の経営の問題だけではなく、構造的な問題だけではなく、大島紬自体が次代に生き残れるかどうかという存続の危機のように感じています。

 数少ない、若手の紬後継者たちも続々と転職を余儀なくされる中で山元君もまた、もがき、苦しんでいました。

 31歳。待望の子供が生まれたばかり。
 可愛い赤ちゃんには「リズム」という名をつけました。山元くんは島唄をベースとした音楽活動も精力的に行っており、いつか産まれるだろう子供のために「リズム」という曲を作っていました。


 「僕はどうしたらいいのでしょうか」

 その問いに対する答えは、私の中にはありません。答えは、山元くんの心の中にあるのですから、一緒に、一生懸命、その答えを探しました。

 そして、たどり着いた答えが「泥染めが好きでたまらない」でした。言外には「だから、続けさせて欲しい」という願いと「最後まで挑戦する」という願いを含んでいます。

 魂から発したこの言葉を携えて、山元くんの挑戦が始まりました。手元にある商品は泥染めネクタイが40本だけ。

 「泥染めが好きでたまらない」というキャッチフレーズで、大急ぎでダイレクトメールを作り、友人・知人・お得意先へ送付。祈るような時を過ごしましたが、結果はあっという間に完売し、追加注文が続々と入りました。

 もちろん、このDMだけで全てがうまくいった訳ではありません。その後、金融機関との交渉や新たな得意先の開拓、泥染め体験のアピールなど、出来る事は遮二無二、挑戦しました。

 私が電脳行商人だとすれば、山元君は行商人そのもの。運転資金の融資をお願いに行った金融機関先で、職員さんたちに泥染めネクタイを販売したり、自治体の休み時間にネクタイの販売をしたり、とにかく必死でした。

 結果として、あの苦境から半年が過ぎましたが、山元くんの努力は少しずつ形となってきています。先月は雑誌「島へ」で、今月は「週刊ヤングジャンプ」で掲載されました。この半年間の、彼の快進撃は人々の心を晴れやかにするほど、颯爽としています。

 依存心を排し、自助自立の精神で生きていくこと。
 たとえ規模は小さくても、彼の精神こそは、奄美の紬業界に光をもたらすものだと感じています。

 幾たびか辛酸を経て 志 始めて堅し。

 逆境や苦難こそが人を育てるもの。試練のない人生などあり得ないもの。

 彼にとって、生涯最大の苦境は、彼を大きく飛躍させようとしています。そして、その先に待ち受けているもの。

 きっと「奄美でもできる」「奄美だからこそできる」という言葉の答えではないでしょうか。


 ・山元隆広君のブログ
 本場奄美泥染 TEBA BROWN


2007年05月13日

晴れた日の倉崎海岸

 先日、奄美大島に旅行されたSさんから倉崎海岸の写真を頂きました。Sさんは、こよなく奄美を愛する「奄美ファン」で、先日の旅行も1泊2日の強行スケジュール。

 今回は鹿児島経由の飛行機の乗り継ぎで時間がかかり、奄美に到着したのは当日の午後2時。翌日の午後6時に東京へ戻りましたので、かなり短期間の滞在でしたが、運よく、天気に恵まれ、倉崎海岸でぼっと海を眺められたのが良かったです(^○^)

 奄美ガイド本「 奄美の島々の楽しみ方」でも書かせて頂きましたが、この海岸は、私が一番好きな場所のひとつです。特に7月の炎天下の時、サンゴ礁を気にせずに海を楽しめるのはなんともいえません。

 日頃、いろいろな想いを持って暮らしていますが、この浜に居るときだけは、ただそこに居る事だけを楽しめると、私は思っています。

 深い悲しみに覆われても、時が経てば必ず晴れるもの。

 受け入れ、癒し、そして世に送り出す力。これが奄美の力ではないでしょうか。

晴れた日の倉崎海岸

2007年05月11日

5月になりましたね

 楽しかった連休も終わり、いつもの生活に戻りました。春の連休はどのようにお過ごしになったでしょうか。

 このGW、私は10日ほど奄美を離れ、研修に参加してきました。5月7日に島に戻りましたが、強行スケジュールの反動がたたって、体調を崩していましたが、やっと今日から調子がよくなってきました。

 研修の成果は後日、お披露目するとして、これから2週間は充実した時を過ごせそうです。

 まだ奄美は梅雨入りしていませんが、あと1週間もしないうちに梅雨に入るでしょう。梅雨に入って2週間もすれば、初夏の味わい「奄美すもも」の出荷が始まります。

 なんだかもう奄美すももの濃厚な味わいと深紅色の姿を思い出して、そわそわしちゃいます。今年もスモモ酒を作らなきゃ(^○^)

 足並みを揃えるのに苦労していますが(これも産みの苦しみです)今月末〜来月初めには、パワーアップした「奄美からの情報発信」をご案内できると思います。WEBだけに留まらず、さまざまな方向から、みなさんへメッセージを伝えていく事ができますので、ご期待ください。

 それから映画(といっても記録映画ですが)の構成も今月中には整います。これもご期待ください。完成したらぜひご覧ください。

 時期がこないと「はっきり言えない」もどかしさがありますが、今年は一度動き始めると、ビックリの連発ですよ。ご期待くださいね(^○^)