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2006年03月の記事一覧

2006年03月27日

タンカン畑に堆肥を入れました

奄美完熟たんかん畑に堆肥を入れました

 3月26日(日)

 昨年から奄美完熟たんかん栽培をはじめた、@やっちやば農園で、堆肥を入れました。

 あいにく作業当日は、土砂降りで(霧が発生していましたが)悪天候でしたが、堆肥をいれる分には問題なかったです。

 もうひとつ予定していた、枝の剪定は天気をみて行うことにしました。

 
タンカン畑での堆肥作業


 @やっちやば農園の棚は狭いので(将来はひとつひとつの棚を広くします)農作業用の猫車に10〜20キロほど堆肥を積めかえて、樹木のそばまで運び、その後、写真のように、うすくのばすようにします。

 土砂降りの雨の中で作業をしましたので、堆肥も水分を含んで重くなります。

 一度一度の作業はつらくはないのですが、これを21本すべての樹木で行うと、(いまの私には)シンドイ作業でした。


 奄美完熟たんかんの販売も終了しましたので、やっとタンカン畑に行けましたが、山は良いものですね。半日、山にいましたが、すごくリフレッシュしましたよ(^○^)

 来週は春肥をいれて、じわじわと樹木に栄養をあげます。樹勢をみて、今年剪定をするか、来年剪定をするか決めますね。

 びしょ濡れになりましたが、とっても達成感を感じましたよ(^○^)

タンカンの作業が済んで、ほっとしました

2006年03月25日

明日はタンカン畑で農作業してきます


 今年の奄美完熟たんかんもやっと終了しました。長いようで短い1ヶ月でした。多くのみなさんに楽しんで頂けて、本当に嬉しいです。

 明日(3月26日)は、丸一日、農作業に励んできますね。

 春(4月下旬〜5月上旬)には、あらたに50本ほどタンカンの移植をしますので、畑の整備もかねてタンカン畑に堆肥を2トンほどいれて、肥料を入れてきます。

 剪定も見よう見真似で、やっちゃいます。時間が足りるかな(^○^)

 久しぶりのタンカン畑です。体がなまっていますから、不安ですが、無心で、ひたすら農作業をしちゃいますね。

2006年03月24日

若者セミナー「シゴトアワー」。

 3月18日。

 名瀬市産業活性化協議会主催のセミナーがありました。奄美在住の若者を対象に、仕事や進路などをざっくばらんに語ろうという、若者セミナー「シゴトアワー」です。

 会場は若者に人気の、ライブハウス「ASIVI」。

 当日、10代〜30代を中心に約40名ほどが参加されました。活性化協議会の山田さんが司会進行で、私が補佐をしながらセミナーは進みました。

 パネリストの紹介がひととおり済むと、さっそく参加者から質問や指摘が続きましたが、参加された方々の意見を集約すると、

 「経済の豊かさを求めて、内地で暮らすか」
 「経済は諦めて、その他の豊かさを求めて、島に残るか」

 につきます。

 奄美では高校卒業後、ほとんどの若者は、進学や就職のため島を離れます。そこで経験する内地での生活。その後、Uターンで奄美に戻り、社会人として経験する島内の生活。

 島外(内地)での暮らしと、島内での暮らし。

 それぞれが経験した生活の違いをどのように折り合いをつけて、奄美で暮らすのか。もっとも顕著なのは、収入面の格差でしょう。奄美地域は残念ながら働く環境に恵まれているとは言いがたいです。

 体力のない零細企業が大半で、地域経済は疲弊していますから、雇用どころか、企業は廃業・倒産しないために必死に凌いでいる状況です。

 船井幸雄さんの著書「まちはよみがえる」で、経済産業省の2030年の都市圏の域内生産額などの予想が掲載されていますが、今後も名瀬市は年をおうごとに苦しくなるようです。


 私は、今まで一度も「いたずらに」起業を勧めたことはありません。起業は大きなリスクを伴うからです。しかし、そのリスクを背負ってでも、今やらなければ手遅れになる状況が分かれば、躊躇なく行動します。

 鹿児島の言葉で「泣くよっか、ひっとべ」。危機感によって、はじめて行動する人間です。なにもしないこと(=先送り)は、優柔不断に見えて、正しい選択であることも、しばしばです。私は「迷ったら、やらない」を心情にしています。


 若者セミナーに参加されたみなさんにお伝えしたいのは、どのような道であれ、今後20年は、みなさんが奄美地域を担っていくという事。

 経営者が偉い訳ではありません。従業員だからと卑下することもありません。企業は社会があってこそ、成り立つものです。企業や店舗を担う、みなさんの努力があってこそ、社会に認められ、企業は存続するのです。

 結果、ひとつひとつの企業の頑張りが地域を活性化させるもの。いまの予測を良い意味で裏切れれば、しめたものです。地域の善循環が始まれば、それは大きなうねりをもって地域に波及します。


 「Never Too Late」
 遅いという言葉ありません。気が付いたときに、始めるだけです。

 起業を目指すのなら、今こそ、ラクダの時代を過ごしてください。スキルアップを目指すのなら、できるだけ若いうちに(できれば35歳ぐらいまでに)一つの分野を掘り下げてください。
 
 人にはライフステージがあります。結婚して家庭を持ち、やがて育児に追われ、その後は年老いた親をみて、気がついたら、子供たちのお世話になる。

 ライフスタイルの違いはあれ、猶予のある時間は、減るばかりです。

 
 本質は、いたってシンプルです。
 この地域の経済の浮揚だけ、です。

 奄美大島は、地域コミュニティが残っており、小規模ながらも都市機能を持つ地域があり、周辺部は農村が形成されています。ゆたかな自然と人情味あふれる島です。限りない可能性を秘めた島です。


 若者セミナーに、赤ちゃんを抱きながら参加された、まだ幼い顔のお母さんがいました。赤ちゃんが泣いては会場の外に出てあやし、泣き止んだら会場に入って。

 この方は、この島で生きること、島で働くことに強い関心を持っているのでしょう。このようなお母さんが、のびのびと活躍できる島であってほしいと、心から願うばかりです。

 このようなセミナーを開催された、名瀬市産業活性化協議会さんのご尽力に、感謝しています。また、やりましょうね。

若者セミナーのパネリスト

・ASIVIの麓憲吾さん
・PC教室パリティビットの三宅昭江さん
・つむぎの西の西京子さん
・AWSの里村実さん
・社労士の前田幸俊さん
・産業活性化協議会の山田嘉典さん
・@やっちやばの前田(私)

2006年03月17日

奄美の風


 奄美完熟たんかんの作業に追われていた、ある日。


 敬愛する、奄美出身の経済学者・叶芳和先生の本を貸して欲しいと来客があった。私の作業場には、ドラッカーの処女作「経済人の終わり」と叶先生が奄美農業を語った「農業ルネッサンス」を大切に飾ってある。

 この2冊は私の宝物。
 農業ルネッサンスには、叶先生からサインも頂いている。そう簡単に、人に貸せるものではない。

 詳しく話を聞くと、叶先生が奄美市長選に出馬されるかもしれないという。奄美市は奄美大島の笠利町・名瀬市・住用村の3市町村が3月20日に合併してできる、新市だ。

 降って沸いたような話に、私は当惑した。国政でさえ固辞された叶先生が、市長選に出馬される訳がない。しかし、奄美を想う先生であれば、決して考えられない話ではない。

 その夜。
 意を決して、叶先生にメールを書いた。夢と希望と不安と心配が交錯した私の心情に、先生から丁寧なお返事を頂いた。

 その後、お電話を頂いた。

 「住民の間で、奄美を興す風は吹いていますか?」

 私は即答できなかった。叶先生も揺れていた。


 強気の見通しで知られる叶先生は、研究者としては「反骨の士」だ。直言を恐れない。こと、農業政策・アジア貿易に関しては当代一流の人物といっても過言ではない。

 信義を重んじ、農家さんとは損得抜きで付き合い、調査し、交流を深め、時には農家の声をダイレクトに行政にぶつけ、世に問う。このスタイルは、農業関係者にとっては、たいへん心強いものだろう。

 ダメ詰め農業論ではない。
 いかにして農業が産業として成立し、地域を活性させられるかを提示する叶先生に、夢を見る方・共感を覚える方も少なくない。


 3月15日。
 叶先生が奄美にいらっしゃった。支援者を含め、叶先生と親しい方々が集まり、ざっくばらんに話し合った。私は「先生が奄美市長になられたら、リアルタイムで奄美ルネッサンスを目の当たりにできる」と語った。

 同時に「一部の方の間には、叶先生待望論があるけれども、一般市民の間では、叶先生の知名度は決して高くはない」ともお伝えした。

 もし、叶先生が奄美市長選に出馬されたら「私は中岡慎太郎になります」と、はっきりとお答えした。

 「衰退していく奄美をみているだけでは、裏切りである」とおっしゃった叶先生。その言葉に反応したのは、まだ私が若いからなのか。それとも叶先生を知っているからなのか。


 もういちど、自問したい。

 「奄美で風は吹いていますか?」 

2006年03月14日

南原竜樹さん、ふたたび

南原竜樹さんの講演

 あまんゆ代表の山川さらさんの仲立ちで、オートトレーディングルフトジャパン株式会社の南原竜樹さんが、講演をしてくださいました。

 名瀬市IT企業塾の受講修了生を対象に、20名ほどが参加した小さな講演会でしたが、南原さんは最初からトップスピードでお話しくださいました。

 ほんとうにかっこいい方です。

 詳しくは、名瀬市IT企業塾公式ブログをご覧くださいね。