まだ終わっちゃいない。最後のゴングがなるまで立っていられたら、俺は人生の王者なんだ
今から20年も前。
僕は新聞配達をしていた。中学校3年間、毎朝、続けた。新聞の休刊日は月に1度。大晦日まで頑張れば、お正月の3日間はゆっくり寝坊できた。
雨が降る朝は大変だったけれど、晴れた夏の朝は心地よかった。早起きをしているおじさんたちに挨拶をしながら、新聞を手渡しすると、なぜか自分が大切な存在だと感じたものだ。
労働の対価で得られる新聞配達のお金で、ウォークマンを買った。いつも聞いていたのは、カセットテープで2500円で売られていた映画「ロッキー」のサウンド・トラック。
ロッキーは、人生の底辺を生きていた。30歳。何一つ誇りにできるものなどなく、唯一、ボクシングを「する」ことに情熱をぶつけていた。学はなかったけれど、言葉も上手ではなかったけれど、正しい生き方をしようともがいていた。
やがて恋に落ち、そして、人生の転機を迎える。唯一の、そして最大のチャンスを得る。王座選手権試合に抜擢された。
ゴキブリの巣窟のような住まいに暮らし、人々に馬鹿にされ、自暴自棄にもなった。でも、正しい生き方を、心のどこかで求めていた。
勝ちなど考えてなかった。勝てるはずがなかった。あまりにも敵は強大だった。
試合が終わるまで、最後まで立ってられたら、「俺は人生のチャンピオンなんだ」。そんなふうに、ロッキーはつぶやいた。
「ロッキー・ザ・ファイナル」のDVDを買った。その隣に、懐かしい「ロッキー」のサウンドトラックのCDが置いてあった。迷わずに買った。
懐かしいメロディが、記憶を呼び戻してくる。あのおじさんは去年亡くなった。あの橋も新しいものに立て替えられた。あの商店も店じまいした。でも、僕の心の中で、いまも生き続けている。
S・スタローン自身、人生を賭けた映画だった。暮らしのために、恥ずかしい仕事もした。だが、ロッキーだけはゆずれなかった。3日で書き上げた脚本を、誇りを持ち続けた。ビル・コンティも、優しく、心躍る曲を書き上げた。
教育映画を企画し、やっとここまでたどり着いた。
映像を担当する屋田賀史さんも、わずか4ヶ月で、ここまでやれると思っていただろうか。4ヶ月前、彼は人生を悩んでいた。先の見えない暮らしの中で、いつか、世に出ようとあがいていた。
いま、ロッキーのように、彼は人生を賭けて、人生を切り開くべく邁進している。きっと最後のゴングがなるとき、彼は立っている。そのために苦しい努力を怠っていない。
限られた予算のなか、みなが手弁当でこの映画をモノにしようとしている。またとない素晴らしい出演者も得た。
もう僕には、完成試写会で、鳴り止まない拍手が聞こえてくる。中には泣き出す方もいるだろう。ただの教育映画ではない。想いを伝える物語なのだ。
奄美の映像クリエイターになる
僕は新聞配達をしていた。中学校3年間、毎朝、続けた。新聞の休刊日は月に1度。大晦日まで頑張れば、お正月の3日間はゆっくり寝坊できた。
雨が降る朝は大変だったけれど、晴れた夏の朝は心地よかった。早起きをしているおじさんたちに挨拶をしながら、新聞を手渡しすると、なぜか自分が大切な存在だと感じたものだ。
労働の対価で得られる新聞配達のお金で、ウォークマンを買った。いつも聞いていたのは、カセットテープで2500円で売られていた映画「ロッキー」のサウンド・トラック。
ロッキーは、人生の底辺を生きていた。30歳。何一つ誇りにできるものなどなく、唯一、ボクシングを「する」ことに情熱をぶつけていた。学はなかったけれど、言葉も上手ではなかったけれど、正しい生き方をしようともがいていた。
やがて恋に落ち、そして、人生の転機を迎える。唯一の、そして最大のチャンスを得る。王座選手権試合に抜擢された。
ゴキブリの巣窟のような住まいに暮らし、人々に馬鹿にされ、自暴自棄にもなった。でも、正しい生き方を、心のどこかで求めていた。
勝ちなど考えてなかった。勝てるはずがなかった。あまりにも敵は強大だった。
試合が終わるまで、最後まで立ってられたら、「俺は人生のチャンピオンなんだ」。そんなふうに、ロッキーはつぶやいた。
「ロッキー・ザ・ファイナル」のDVDを買った。その隣に、懐かしい「ロッキー」のサウンドトラックのCDが置いてあった。迷わずに買った。
懐かしいメロディが、記憶を呼び戻してくる。あのおじさんは去年亡くなった。あの橋も新しいものに立て替えられた。あの商店も店じまいした。でも、僕の心の中で、いまも生き続けている。
S・スタローン自身、人生を賭けた映画だった。暮らしのために、恥ずかしい仕事もした。だが、ロッキーだけはゆずれなかった。3日で書き上げた脚本を、誇りを持ち続けた。ビル・コンティも、優しく、心躍る曲を書き上げた。
教育映画を企画し、やっとここまでたどり着いた。
映像を担当する屋田賀史さんも、わずか4ヶ月で、ここまでやれると思っていただろうか。4ヶ月前、彼は人生を悩んでいた。先の見えない暮らしの中で、いつか、世に出ようとあがいていた。
いま、ロッキーのように、彼は人生を賭けて、人生を切り開くべく邁進している。きっと最後のゴングがなるとき、彼は立っている。そのために苦しい努力を怠っていない。
限られた予算のなか、みなが手弁当でこの映画をモノにしようとしている。またとない素晴らしい出演者も得た。
もう僕には、完成試写会で、鳴り止まない拍手が聞こえてくる。中には泣き出す方もいるだろう。ただの教育映画ではない。想いを伝える物語なのだ。
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